表に出さないっていうのはすごく大変だ。
つらいって言えないのはすごく大変だ。
だから、いくらでも言っていい。
耐えられないなら吐き出せばいい。
使えるものは何でも使えばいい。
笑える人から笑えばいい。
どっちの方がつらいとか
どっちの方が強いとか偉いとか
そんな比較はいらない。
天災に悪者はいないから。
犯人はいないから。
加害者はいないから。
だから怖い。
誰かを責めてるのは楽だ。
誰かのせいにするのは楽だ。
なのにあたる対象がない。
地震のせいで!
って言ったって地震はびくともしない(いや、地震はめちゃめちゃ揺れることだけど)。
だから、身近な誰かを責めてしまう。比較してしまう。
余裕がない。
誰もが余裕がない。
無理なんてしなくていい。
笑えるようになったら笑えばいい。
笑える時に笑えばいい。
笑いたい時に笑って
泣きたい時に泣いて
何を失ったって
人間である限り
生きている限り
その権利は残ってる。
そして絶対に
一緒に笑ってくれる人はいる。
一緒に泣いてくれる人はいる。
復興って
どうなることを復興って言うのかなって考えた。
ライフラインがつながること?
交通機関が整うこと?
学校に行けるようになること?
家が建つこと?
…何が回復したって
亡くなった人は生き返らない。
なんでも
“元に戻る”
なんてことはあり得ない。
時間は戻せない。
“元に戻る”
なんてものはない。
復興っていうのはきっと
みんなが
笑えるようになることだ。
今いるその場所で
笑えるようになることだ。
それはなんていうか
世界平和
みたいな
ちょっと幻想めいた綺麗事かもしれないけど
綺麗事が綺麗事に思えなくなって
みんなが本当に笑えるようになった時
復興したって言えるんじゃないかと思う。
それは
何ヵ月何年
かかるかわかんないすげぇ大変なことだから
すげぇしんどいけど
すげぇしんどいから
無理に笑わなくていい。
笑える人から
笑える時に
笑おう。
…って、
私が、私を救うために、私に送る。