神経系トレーニングに関して思うこと | 宇都宮のパーソナルトレーナー藤本の痩せるためのブログ

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栃木県宇都宮市でパーソナルトレーナーをしています。
ボディメイク・ダイエット・トレーニングについて思っていることを書いていきます。

さて、先日ツイッターで神経系トレーニング(主にラダーを例に上げながら)について議論する機会がありました。

その中で藤本が藤本は神経系トレーニング(ラダー)は効果がない!害悪だ!と否定している!と受け止められている方もいらっしゃるようなので、そう受け取られるのは私の本意では無く、それに関して私のスタンスをお伝えしようとこの記事を書きました。長文です。

 

まず神経系トレーニング(ラダー含む)について藤本は一切の否定をしておりません。

他のエクササイズ・ドリル等と同じく目的に対して優劣があり、それによってプログラムデザインに反映がされるものであると考えております。

その理由は以下に記述します。

 

「動作効果」という言葉が出てきます。「動作効果」とはある動作・技術がより良い質で行われる事を指しているようです。では本文です。

 

・求める効果を定めてそれに対して効果的・効率的にプログラムデザインをするべき

子どもは本当に使える時間が少ないと思います。ですから指導者は徹底して短時間で効果的に(1つ以上の)特定の技術・動作がどうすれば求めるレベル(動作効果)まで達するようになるかを「具体的」に考えるべきだと思います。

それを出来る様にさせるためにそこに繋がるであろうエクササイズ・ドリルを組み込むべきで、それが結果として多種多様になり、「その動作・技術を行うための神経系」が発達するのだと思います。

(どこからが多種多様と言えるのか?という議論もありますがそこは本記事では割愛します)

 

・でも3つのエクササイズで習得してしまう事もあるけど?

しかし結果として多種多様にならない事もありますよね?それはそれで良いのだと思います。

少しでも長い時間を使ってしまうと子ども自身が多種多様な「経験」を出来る時間・体力が削られてしまいますよね。それが削られなければ子どもたち自身で何か遊びで多種多様な運動をする可能性もあるし、家族で運動以外の経験をする時間も出来るかもしれない(話ズレますがそれがその競技上達のヒントになるかもしれないですし)。結果としてその技術・動作に必要な神経系が発達するかもしれないのでは無いでしょうか?

もちろん、あいつらはしないかもしれないから私たちが経験させてさせてあげるんだ。それが長期的な成長に効果的であるのだからと考える事も可能です。

で、ここで大事になるのがどのような考え方でエクササイズ・ドリルを選択するか?だと思います。「多種多様な動作を経験することは長期的成長に良い」と考えた場合、エクササイズ・ドリルの選択はどのようにしていますか?

 

・どのような考え方でエクササイズを選択するか?

「その競技と今習得させたい必要な動作・技術はこれだからこれだ!」

であれば、適切な理由があればそれは正しいと思います。一方で多種多様な運動経験から離れてしまいそうですよね?

 

「イヤ、子どもの可能性なんてわかんないから全部やらせよう。その競技に関係なさげなエクササイズまで」

イヤイヤ、ほんとにそうですね。子ども達の将来はどうなるかわからない。

でもちょっと待って下さい。どうなるかわからないのであれば、何でも良いのでしょうか?

そう考えるとその競技と全く関係ないエクササイズを選択する事も可能です。

その競技と遠いようなエクササイズを選択した方がいいという事は、今私がしているようにキーボードを打っている事すらもその競技に役に立つんだ!と主張することも可能ではないでしょうか?(どこからどこまでが運動であるか?という議論もありますが本記事では割愛します。)

子どもの将来を考えたらほとんどの子どもがキーボードを叩くであろう(これもキーボードが存続していればの話ですが)と想定されてそれには役に立つと思いますが、あなたのやっている競技にはいかがでしょうか?(ちなみにブラインドタッチはそれなりに高度な神経系の操作が要求されませんか?いかがでしょう?コメント欄にでもお願いします。)

野球やサッカーのためにブラインドタッチの練習をされますか?

 

 

一方で「近ければ近いほどいいんだ!」と主張される方は試合・練習を繰り返してはいかがでしょうか?あなたのやっている競技は高い神経系の能力が要求されるます。しかも同じと言える局面は一切ありません。それで十分に育つのではないですか?

 

「イヤ、試合・練習でまだそれが出来ないから(求める動作効果に達していないから)難易度を下げてラダーとかを使って上手くしたい技術の習得を促している。」

非常に!!!良い!と思います。子ども達を上手くするためのナイスアイデア!と思います(ちなみに練習・トレーニングを試合に近くするべきなのか?離れていても構わないのか?これについての議論もとっても面白いと思います。)一方で特定の動作・技術を想定しているため多種多様からは離れてしまいませんか?十分な神経系の発達は促されるのでしょうか?

 

「将来どうなるかわからないのに何をするかなんてできない。その競技を続けるかもわからないのに基準を作るべきでない。」

・・・、であるのであれば余計にその競技以外の経験を多くさせるべきではないのでしょうか?

 

「両方やればいい!」と主張される方もいらっしゃるでしょう。

でも現実的に時間・労力・子どもの体力・集中力を考えた場合にどうでしょうか?

その競技自体の練習時間は非常に少なくなり、本末転倒ではありませんか?

 

以上のような事を考慮した場合あなたはどうするべきだと思いますか?

 

・上記の事を考えると...

で、藤本は神経系のトレーニングをするのであれば、冒頭に主張したように自分の専門である競技における(一つ以上の)特定の動作・技術に必要な神経系の状態を想定して、そこに進めていくべきなのだと思っています(試合に近い状況という訳ではないです念のため)。

「子どもの可能性はわからないのにそれでいいの?」という疑問がある方はいらっしゃると思います。

でも考えてみてください。子どもの可能性はわからないからこそだと思うんです。

子どもの将来の「可能性」を考えるのであれば「多種多様な運動経験」だけをさせるではなく「多種多様な経験」をさせるべきではないかと思います。

競技とは遠そうなエクササイズをしたところでたかが十数分じゃないか?と考えるかもしれません。でも十数分あったら彼らの算数ドリルはどの程度進むでしょうか?(少しだけ?素晴らしいじゃないですか)何か短時間の素晴らしいエンターテイメントを見る時間もできてそれに影響される可能性もないでしょうか?

さらに短く終わったため、体力は残っている可能性は高く(高強度で消耗しきっている可能性も否定できませんが、それはコントロールしましょう)その後の活動の質を上げることが可能になるでしょう。(もちろん追い込まれた状況も必要ですがこれについてはトピックが違うので割愛します) 

もしかしたら運動的活動以外からその競技が上手くなるためのヒントを持ってくるかもしれませんよ?(考え方的な部分とか。そして実は最近これが神経系と呼ばれるものの要因の一つではないか?と疑っています。またそれは別の話ですね。)

 

あまりに短くすると指導者といる時間が短くなるのでは?と考える方もいらっしゃるかもしれません。でもそれはそれで問題無いのでは?あなたが伝えたい事をより短い時間で伝えられる様に努力すればいいとは思いませんか?(誰かに努力を要求するならば)

一緒にいたいのはわかります。楽しいですもんね。でもそれを理由に効果が予測できない事をするのは指導者のエゴだと思います。

私(あなた)はそれの専門家であり、それ以上でもそれ以下でもありません。であるのであれば他の経験は他の人や物事に頼ったほうが子ども達の成長を考える上ではさらに良いのではないでしょうか?

子どもと長い時間一緒にいたいのは私も同じです。色々な事を伝えてあげたい。でも誰かの時間も体力も気持ちも努力も有限です。少しでも指導者が子どもたちのよりよい成長のためには、指導者が子どもたちに出来るようにさせたい技術・動作をハッキリさせ、それに対して可能な限り合理的で効果的・効率的にプログラムを組む事が子ども達に対して結果的に多種多様な経験をさせることになると信じております。そしてそれが子ども達の将来の可能性を広げることに繋がるのではないか?とも感じております。

 

「神経系トレーニングだから」動作効果に効果がある。といって決めつけるのはちょっと早計だと思います。

その神経系トレーニングは具体的にどのような効果があると予想されるのか?

そしてその論理は妥当性があるのもなのかしっかりと検討した上でそれをプログラムに反映させるべきだと考えています(当然その中でラダーが最も有効だと判断できれば私もラダーを使います)。

 

長文になってしまいましたがいかがでしたでしょうか?ぜひご意見お待ちしております。