すごく久しぶりに会った人に
説教っぽいことを言われると
なんかどうも違うって気がする。

まるで私が普段、やっていないという前提で
ダメダシされることって、あるのだけど
その前提はどこからくるの?ってギモン。
ものすごい勢いでまくしたてられ反論する余地がなかったり、
その場の全体的な空気とか考えて、
まぁ、適当に聞き流してしまうこともあるんだけど、
訂正しないことには、その人の中で私は
ずーっと、何もできない人扱いなのか?
・・・そもそも、私ってその人にとってどういう人扱い??
親しき仲にも不思議はある。

私は、そういう人の対応に対して、
①早口でまくし立てる→言い返される前に言いたいことを言いたい
②説教する→自分が優位に立ち、自分の言い分を人に伝えたい
などと分析&解釈して、自分の中のわだかまりをとりあえず解消する。

一方的に言われて、後に気分にさしつかえるようなことや、
正直いって、そう思われているのは心外、と思うことって、
本来、自分とは関係ないことだった・・・ということがけっこうある。
要は、その人の生活の中で溜まっている不満とか不安とか
モヤモヤしたことを吐き出す対象となってしまったわけだ。
(少々、いじめの構造に似てなくもない)
その人には悪気もなく、たぶんそういう自覚もなく、
親しき間?での緊張感のなさからくる甘えだと思う。

でも、そういうことをいちいち指摘していると、
人間関係にヒビが入る(そういう人にかぎって、反論すると、
細かいとかうるさいとか情がないとか余計な不満をあおることに
なりやすい。経験的に)ので、私は、こうして文章化したりして
モヤモヤしていることをスッキリさせては、自分自身の感情を
整理している。
こういうことを、また、中途半端に他人にグチっぽく伝えると、
余計に自分の気分が悪くなることも、経験的にわかるので、
一人、モクモクと昇華するしかないのだ。
バカみたいだけど。

よく、自分を全面否定されたような気持ちになるのって、
こういうささやかなことをそのまま放置していることが
原因の一端になることも、自覚できるようになってきた。
否定とまでいかなくとも、こちらの立場は考えてもらえていない
という経験は、チリも積もれば山となる。
ならば、早期発見、早期治療ではないが、できるだけ
自分の思考は早い段階でスッキリさせておくのが生きる知恵。

ちなみに、その人は「自分は人からやさしくされる」ことを全面的に主張していた。
話の流れで、私は「八つ当たりを受けやすい」というところに落ち着いた。

・・・結果的には、確かに、そうかもね。
でも、それって、ただ単に自分に甘いだけじゃね?!?←ささやかな逆襲。
そういう自分に甘い人のそばにいると、とばっちりを食うかも?という教訓でした。