1Q84 が売れている、というニュース以降、
初めて村上春樹さんインタビューの記事 を発見。

私は、1Q84購入当初、ゆっくり味わって読もう・・・
と思っていたにも関わらず、3日過ぎ辺りから一気に加速。
1週間ほどで一旦読み終えました。
勢いよく読み進めると、ざっくりとした印象は残るのですが、
味わうには至らず。
また、時期を見つつ読み返そうって思っております。

今、自分の中にある印象は題材よりも若干ライト。
オウム真理教のニュースが日本全体を覆っていた頃の
なんともいえない異常なまでの重苦しい雰囲気から
時間は流れ、核心から離れたところでそっと新しい世界を
築いている、そんな感覚。
時間の経過と共に、自然と受け入れられるところまで
情報は洗練され、より多くの人と共有できるようになる。
その時期に発売された1Q84は、村上氏の中にずっと
居続けていた事件とそれに関わった人々の苦しみや
やるせなさなど、どうしようもない感情や現実から
解放されるために書かれた小説なのではないか?
・・・などと、勝手に解釈してみたり。

インタビューにありましたが、今はなんでもわかりやすく、
すぐに理解できることが好まれている故、
難しく考えたり、すぐには解きほぐせない感情というものは
「重い」といって、一般的には受け付けてもらえないことが多い。
まぁ、実際、自分だって他人から重苦しい話を延々されたら、
かなり不快になってしまう。
たぶん、人それぞれ、核心の部分に至る過程には
コムズカシイ要素がいろいろある・・・と思うけれど、
あまりそれを外に出すことはよしとはされない。
だから、自分の中で光を見出し、なんとか解決してゆくわけで、
それ以上のことをむやみに受け付けることなど、できないし、したくはない。
そもそも、本来、解決できるのは本人自身しかいないのだ。

それができない場合は、できる人の疑似体験なりを買い求め、
解決した感じを味わうことで、自分を満たす。
そういう構図が、今、社会には出来上がっている・・・と思う。

もう少し深いところに意識を向けること、集中する時間をもちたい。





しかし、村上さんのエッセイが好きで何度も繰り返し面白おかしく
読ませていただいていた頃には、もう戻れないかなぁ・・・。
村上さんテイストの一端として、かなり気に入ってました。
あんなふうに、力を抜いて日常を切り取ることも、大事です。