昨日は、行動経済学学会主催 行動経済学フォーラム に参加してきました。

勝間和代さん のブログで知り、興味を持ち申し込んでみました。
今やカリスマ的存在といえる経済評論家、勝間さんの考え方、方向性には近いものがあるので、どういう学問なのか聴きに言ってみようと思い至ったのです。

実際に聴いたところでは、比較的まだ研究されて日の浅い学問、、、というよりも、今日の経済と人間の行動をクロスオーバーさせて読み解くことに目線があるらしい。
初めての公開講義でテーマは「バブルはなぜ出来るのか」。
人間の欲望と、それゆえに起こる問題という難題に取り組まれる知識人たちが、一般人とタッグを組み、いかにして解決の方向に導いてゆくか・・・という趣旨の集まりだと感じました。

研究されていらっしゃる方は、某金融機関のエコノミストであったり、大学教授であったり、経済評論家であったり一般人と区別すると、明らかな知識人の方々。

様々なデータや過去の歴史、背景などを踏まえて、今までに起きたバブルについて、プレゼン資料を基に、各々の見解を述べておられます。
でも、内容的には様々な著書や新聞、ニュースなどとは大差なく、+α(知識人各自の価値観に基づく見識)が上乗せされている感じでした。個人的に聴きやすい、わかりやすい人に言われると納得しやすいし、理解に通じやすいんですよね、小難しい話とは。
そういう意味では、やっぱり勝間さんの話は聴きやすかったです。

そして、バブルがなぜ出来るのか?というフォーラムに謳われたテーマへの現段階の知識人の結論は「人間の行動に間違いを生じさせるポイント」として、
①ヒューリスティック(経験則、少ない努力で結論を求める方法、ショートカット)
②プロスペクト理論(リスクを伴う選択肢の中でなされる意思決定、期待・予想値)
③双曲的割引モデル(短期的利益に捕らわれず、中長期的視点をもつ)
を揚げ、それを自覚し意識化させることで、善意的に行動を慎ませることで、改善されてゆくということのようでした。

一般人からのフォーラムを閉める最後の質疑「結局、バブルは必要だと思うか?」に対して、
「バブルを好み、必要悪として是正する」と
「バブルは悪で、お金は必要性に応じて的確に集められ、使われるべき」
やんわりと二つの方向性に分かれました。

私自身は、「基本的にはバブルはよくない。格差社会のように本来の生活とは違った視点でお金が極端に動くことは、広く一般的な意味で犠牲を強いる結果となりやすいし、バブルはそれを是正する動きであると思う。ただバブルに見える動きにも肯定できる面はある。人間の社会生活の質や価値観などの向上のための開発や発展という波はあって然るべきもの。問題は、その肯定されるべき波の表面的な部分を上手に利用し、自己利益をむやみに増やそうとし、それが短期的視点で繰り返されることにある。要は実体なき利益に目をくらますこと。」だと思っています。

知識人に言わせれば、これは私自身の仮説であり、これから検証し実証しなければ意味をなさない架空の理論。
知識人にとっては、一般人のささやかな個人的理論は必要ないこと。だって、自分たちがそれを実証したいわけだし、知識人にとって一般人とは自分たちの仮説を実証するための実験のコマのようなものだし、アイディアや発想を提供してくれる人材であるのですから。

自分の理論を実証するための実験台として参加してください、なんてことが言えるってすごい。
私には、他者を実験台に、という発想はとうていもてない。(だから一般人たるゆえんなんでしょうが)

かなり複雑な背景ありませんか?こういう問題を理論的に体系化するのって。

私自身は、非正規雇用に甘んじてますし、かといってむやみにしゃかりき張って人を蹴落としてでも正社員の座をし止めよう!などという根拠なき競争心はむき出しにはできないし、かといってやる気がないわけでもないけれど・・・という非常に中途半端な人間です。挙句の果てにこの時期、リストラされましたし。(笑えないですなぁ)
でも、その中途半端さは、両極端に振れる人になりきれない「中庸な視点」を持ち合わせていることでもあります。
その中庸(真ん中、客観的視点)さがなければ、世の中はもっと殺伐としてしまうと思うんですが。
もしくは、アメリカチックに「クラウド化する世界」を知識人はお望みなのでしょうか。
頭脳で人と一線を画して、一部の人だけが立派に成功するなんてことは、結局、権力や暴力に通じる世界だと私は思います。


お金が、世界の価値基準である世の中でなくなったらどうなるんだろう?
精神的にかなり改善され、向上した世の中をイメージするのですが、、、
そんな架空の世界に想いを馳せることは、バブルに通じる悪しき欲求とみなされますかね?

単純に、自分が本当に欲しいものを理解し、必要以上に欲張らず、他者とも尊重しあえて、お金がなくてもお互いに幸せや豊かさを共有できる。
お金という尺度がないからこそ、欲望を必要以上に膨らませることなく、お互いの存在価値を高め確かめあえる。
そういう世界は、まぁ、夢物語かもしれないけれど、理論で全てを体系化し、ルール化し、人を枠に当てはめあわずにすむ方向で関係性が成り立てばいいのに・・・というのは、私のずっと抱いてきた価値観です。

あんまり数値やデータに捕らわれる知識人にはなれそうもないですね、
これがフォーラムに参加した私の結論かもしれない(笑)。

でも、参加することで、また、いろいろと考えが及ぶこともあるので、自分の意識しだいで相乗効果も計れるわけです。
参加できて、よかったです。