今日は、三浦マラソンの日でした。
ずいぶん前に、仲間のイベントということで申し込んでいたこの日、なんと天気予報とはうって変わって朝から雨。
電車で向かう途中、「ん?」思わず外を見ると、雨。
家を出るときはそんな気配なかったのに。。。海が近いと降水確率、変わるんでしょうかね?
天気予報でも雨の心配がなかったので、服装も着替えも靴も全然準備不足。
加えて、ランニングスランプ(それによる練習不足)。
明らかに、私にとっての悪条件は揃いました。
とりあえず、三浦海岸駅に着いて、しばらく様子見。
自分が雨だと気がつき、テンションがかなり下がってすぐに「止めよう」という判断は下したくなかったので、雨の様子を見つつ、寒さにしばらく慣れてから、心がやる気になるかどうかを静観しました。
「走りたい気持はある」
でも、なんだか心がその気にならない。
ここ最近、ランニングスランプの原因でもある気持の問題を解決するのが、自分にとっての第一の優先順位。
何がひっかかっているんだろう?
複雑にモヤモヤしている心の成り行きは、「走る」と「やめとこう」のギャップに揺れまくり。
「よしっ!」と気合で改札を抜け、やる気になっているランナーたちの引き締まった表情にテンションがやや上向きになったところで、一気に更衣室の市民センターにGo!
・・・が。
ものすごい人込みに加えて、運営の方々の「がんばって!」の応援の言葉に、なぜか気持はトーンダウン。
「いつまでがんばれば、私は報われるんだろう?」
急にしょーもない考えが脳裏をよぎる。
いつもいつもがんばってばかりじゃぁ、エネルギーがいくらあったって足らないよ。
悪気なく、むしろやる気を起こすために言ってくれている運営の方々の言葉に、意味もなく反抗心が芽生えて来る始末。
いけないいけない、と気持を冷静に切り替え、走るかどうかを決定するために「この寒空の雨の中、走り終えたときの自分の気持ち」をイメージしてみたところ、「練習不足、加えてスランプで距離が走れていない=自信がない、ウェアなどもまったく準備不足、雨に濡れたら冷え性も手伝って身体は冷え冷え、いつも以上に身体が動かず、重たく、完走したとしても気持はよくなく、むしろ疲れてしまって嫌な気持になりかねない」。
なんだ、これじゃぁ、走っても意味がなく、むしろダメージの方が大きいや。
というわけで、出場は見合わせました。
ここまでくるのに、なんと1時間半。
長すぎる。。。
最近、アタマで理解することばかりが続いていて、自分の感情や気持をおざなりにしていませんか?
そんな指摘を受けたばかり。
というわけで、今日は、自分の気持ちに従って判断しようと思ったのが、いや~、こんなに時間がかかるとは。
しかも、この判断に至るまでにずーっと根底にあったのは
「走らなかったら誰かから「負け犬」扱い受けるかもしれない。もう、使い物にならないとか思われるかもしれない、歳ですね、とか弱いですねとか自分を否定されたら嫌だ」(←ここまでくるとなんかトラウマに近い?)
といった、他者の評価を必要以上に恐れている自分の弱さ。
一生懸命自分は努力を重ねても、評価する側が手厳しければその努力はいつも空回りする。
そんな悪循環の中で、自分をいつもいつも叱咤激励し、弱音を吐く自分を嫌悪し、厳しく厳しく戒めているんですね、私。
まぁ、努力自体は、自分が選択していることだから間違ってはいないのですが、結果がついてこないのは少々虚しい、モチベーションを保つことも難しいもんです。
というわけで、最近は努力のモチベーションが保てず、スランプ化していたわけでした。
仲間といれば、なんとなく「じゃぁ、私も走ろう」とか「やめよう」とか結論が流されがち。
だから、今日はひとりで決めました。
そして、今日は何と言われようとまぁ、いいやっという気持でした。
で、運営の方々にも最初「体調がおもわしくなく」などと言い訳をついたのですが、嫌な気分になったので
「ごめんなさい、気持が下がっちゃって。走るの止めます。」と素直に言ってみたら、「あ~、そんな気にしないで。また天気がいいときに来てね~」と優しい言葉をかけていただきました。涙
以前(若かりし頃)は、こんなことひとつで、その後、どーんと気持が落っこちて、できなかった自分を責めて責めて責めまくっていたもんです。
でも今日は、それはしたくなかったので、仲間にも会わずに、一人早々に帰宅の路につきました。
その場にいる意味が自分の中になくなったので、気持を切替えて次の予定へ向かいました。
小さな小さな、断る力の第一歩でした。
※冷静に考えてみて私が走らなくても誰も困らないし、参加費は払っているので運営費も問題ないし、早々に帰ってみて、雨で出場を見合わせる人もけっこういるってことを知りました。笑
ずいぶん前に、仲間のイベントということで申し込んでいたこの日、なんと天気予報とはうって変わって朝から雨。
電車で向かう途中、「ん?」思わず外を見ると、雨。
家を出るときはそんな気配なかったのに。。。海が近いと降水確率、変わるんでしょうかね?
天気予報でも雨の心配がなかったので、服装も着替えも靴も全然準備不足。
加えて、ランニングスランプ(それによる練習不足)。
明らかに、私にとっての悪条件は揃いました。
とりあえず、三浦海岸駅に着いて、しばらく様子見。
自分が雨だと気がつき、テンションがかなり下がってすぐに「止めよう」という判断は下したくなかったので、雨の様子を見つつ、寒さにしばらく慣れてから、心がやる気になるかどうかを静観しました。
「走りたい気持はある」
でも、なんだか心がその気にならない。
ここ最近、ランニングスランプの原因でもある気持の問題を解決するのが、自分にとっての第一の優先順位。
何がひっかかっているんだろう?
複雑にモヤモヤしている心の成り行きは、「走る」と「やめとこう」のギャップに揺れまくり。
「よしっ!」と気合で改札を抜け、やる気になっているランナーたちの引き締まった表情にテンションがやや上向きになったところで、一気に更衣室の市民センターにGo!
・・・が。
ものすごい人込みに加えて、運営の方々の「がんばって!」の応援の言葉に、なぜか気持はトーンダウン。
「いつまでがんばれば、私は報われるんだろう?」
急にしょーもない考えが脳裏をよぎる。
いつもいつもがんばってばかりじゃぁ、エネルギーがいくらあったって足らないよ。
悪気なく、むしろやる気を起こすために言ってくれている運営の方々の言葉に、意味もなく反抗心が芽生えて来る始末。
いけないいけない、と気持を冷静に切り替え、走るかどうかを決定するために「この寒空の雨の中、走り終えたときの自分の気持ち」をイメージしてみたところ、「練習不足、加えてスランプで距離が走れていない=自信がない、ウェアなどもまったく準備不足、雨に濡れたら冷え性も手伝って身体は冷え冷え、いつも以上に身体が動かず、重たく、完走したとしても気持はよくなく、むしろ疲れてしまって嫌な気持になりかねない」。
なんだ、これじゃぁ、走っても意味がなく、むしろダメージの方が大きいや。
というわけで、出場は見合わせました。
ここまでくるのに、なんと1時間半。
長すぎる。。。
最近、アタマで理解することばかりが続いていて、自分の感情や気持をおざなりにしていませんか?
そんな指摘を受けたばかり。
というわけで、今日は、自分の気持ちに従って判断しようと思ったのが、いや~、こんなに時間がかかるとは。
しかも、この判断に至るまでにずーっと根底にあったのは
「走らなかったら誰かから「負け犬」扱い受けるかもしれない。もう、使い物にならないとか思われるかもしれない、歳ですね、とか弱いですねとか自分を否定されたら嫌だ」(←ここまでくるとなんかトラウマに近い?)
といった、他者の評価を必要以上に恐れている自分の弱さ。
一生懸命自分は努力を重ねても、評価する側が手厳しければその努力はいつも空回りする。
そんな悪循環の中で、自分をいつもいつも叱咤激励し、弱音を吐く自分を嫌悪し、厳しく厳しく戒めているんですね、私。
まぁ、努力自体は、自分が選択していることだから間違ってはいないのですが、結果がついてこないのは少々虚しい、モチベーションを保つことも難しいもんです。
というわけで、最近は努力のモチベーションが保てず、スランプ化していたわけでした。
仲間といれば、なんとなく「じゃぁ、私も走ろう」とか「やめよう」とか結論が流されがち。
だから、今日はひとりで決めました。
そして、今日は何と言われようとまぁ、いいやっという気持でした。
で、運営の方々にも最初「体調がおもわしくなく」などと言い訳をついたのですが、嫌な気分になったので
「ごめんなさい、気持が下がっちゃって。走るの止めます。」と素直に言ってみたら、「あ~、そんな気にしないで。また天気がいいときに来てね~」と優しい言葉をかけていただきました。涙
以前(若かりし頃)は、こんなことひとつで、その後、どーんと気持が落っこちて、できなかった自分を責めて責めて責めまくっていたもんです。
でも今日は、それはしたくなかったので、仲間にも会わずに、一人早々に帰宅の路につきました。
その場にいる意味が自分の中になくなったので、気持を切替えて次の予定へ向かいました。
小さな小さな、断る力の第一歩でした。
※冷静に考えてみて私が走らなくても誰も困らないし、参加費は払っているので運営費も問題ないし、早々に帰ってみて、雨で出場を見合わせる人もけっこういるってことを知りました。笑