「殯の森」 という、カンヌ映画祭でグランプリを受賞した河瀬直美監督の作品を観てきました。
南仏で評価されている、河瀬監督の感性もさることながら、この記事 を読んで、主演男優のうだしげきさんの人間性にも交感を持ち、鑑賞への運びとなったのです。
一度、未知の世界で成功した方というのは、元の生活に戻らない人が多い中、自分を見失わず好きなことをやり続けている姿勢と、「やっと理想の生き方に近づいた」と言える深みのある人間性に、静かな安らぎを感じました。

この映画の中で、キーとなる「しなければならないことなんて、ないんだよ」というセリフがあります。
方や、認知症の主人公、しげきさんは33年前に亡くした妻の墓参りを懇願します。
これは、彼にとっては「しなければならないこと」というよりも「どうしてもせずにはいられないこと」。

認知症という症状は、世間一般的に「物忘れのひどい状態」だと思っていたのですが、この映画を観る限り、しげきさんは「物忘れがひどい」というよりも、「忘れられないことへの執着が強い」だけのように思えました。
その人にとっては忘れられないほど愛しい(苦しい)出来事でも、世間にとってはどうでもいい(関係ない)ことの場合、世間は自分にとって不要なことを切り捨てる傾向にあるので、その人に関わっていられなくなる。
孤立する過程で、人は自分を守るための壁を作り、ますます自分にとって重要な出来事にこもっていく。
認知症は、そうカテゴライズされた人の精一杯の抵抗であり、心の傷であり、壁であり、自分と向き合う居場所なのかもしれない。

しげきさんは、墓参りへと向かう過程で、同行した新人介護福祉士の女性と、それまでの自身を癒す様々な経験をすることになります。
その女性にも、自身の子供をなくした喪失感から、まだ脱却できず、さまよっている状態が続いています。二人は、目には見えない深い繋がりで心の欲求に耳を傾けている。しげきさんは沈んだ状況から静かな助けを求め、女性は誰かを救うことで自分を解放したい。
そんな二人は、決して自身だけでは癒せなかった心の中のわだかまりを、少しずつ紐解いていく。
静かに、丁寧に綴られたたった2日の墓参りの中で心が開かれてゆく様が、美しい景色とリンクしていて、実に濃密で、深い癒しがありました。

ストーリーもさることながら、風景の色合いや、合成など一切ない自然そのままの映像が、まるで、すぐそこにでもあるかのような感覚にとらわれました。作品にぐっとひきこまれた一瞬です。
うださんの演技は、演技とは思えないほど、その風景の中に溶け込んでいました。すごい、役者さんです。
自分を静かに見つめながら、好きなことだけを選択していき、人生を彩る姿勢が、そのまま映画の中にありました。地に足がついたブレのない確かさみたいなもの、それが決して押し付けがましくはない謙虚さと共に。

一番、心が癒され、解放されたのは、きっと監督の河瀬さんではないでしょうか?
自身の出産経験や、高齢になる親に触れ、この作品をつくられたと記事で読みました。
そして、様々な感情をかたちにして、それがカンヌ映画祭という大舞台で評価されたのですから。