● 建国の詔(みことのり)を音読する♪
こんにちは。
遅咲きながら最近日本の歴史に目覚めた主婦です。
前回のブログで、日本を建国された人物は日本国初代天皇の神武天皇であると書きました。
今回は日本の建国についての詔(みことのり)を、前回ご紹介した国史啓蒙家:小名木善行氏の『日本建国史』から抜粋させていただきました。詔(みことのり)とは、「天皇のお言葉」という意味ですので、日本建国についての神武天皇のお言葉になります。
毎年2月11日は建国記念日で祝日ですが、恥ずかしながら、日本建国について詳しいことは何ひとつ知らずに過ごしてきました。調べてみると、明治時代には神武天皇の即位日を祝う「紀元節」という祝日だったそうですが、戦後GHQによって廃止されてしまい、1966年(昭和41年)に「建国記念の日」として復活した経緯があるそうです。
知らないことばかりですが、私が学んだことを皆さんとも共有できたら嬉しいと思っています!
それでは、以下が建国の詔(みことのり)です。
どのようなお気持ちで日本を建国されたのかが分かり、私はとても感動しました。
特に太字にした部分は「八紘一宇」の元になったお言葉で、こちらもGHQが禁止していた言葉だそうです;
抜粋させていただいた本では、ぜひ音読してみてください、と書かれていましたよ☆
《 建国の詔(みことのり)》
(原文と読み下し)
自我東征 われひむかしを うちてより
於茲六年矣 ここにむとせに なりにたり
頼以皇天之威 すめらきあめの いをたのみ
凶徒就戮 あたうつために おもむかむ
雖辺土未清 ほとりのくには きよまらず
余妖尚梗 のこるわざわひ ふさげども
而中洲之地無復風塵 うちつくにには さわぎなし
誠宜恢廓皇都 まごころこめて おほいなる
規摹大壮 ひらきひろめる みやこをつくる
而今運屬屯蒙 いまはこびたる わかきくら
民心朴素 たみのこころは すなほにて
巣棲穴住習俗惟常 あなをすとして すむあるも
夫大人立制 ひじりののりを そこにたて
義必隨時 つねにことわり したがへば
苟有利民 いみじきたみに りのあるに
何妨聖造 ひじりのわざに さまたげもなし
且當披拂山林 やまやはやしを はらひては
経営宮室 みややむろやを をさめつつ
而恭臨宝位 たからのくらひ つつしみて
以鎮元元 おほきもとひを もってしずまん
上則答乾霊 かみはすなはち そらのかみ
授国之徳 さずけたまひし とくのくに
下則弘皇孫 しもにやしなふ すめみまの
養正之心 ただしきこころ やしなはむ
然後兼六合 しかるのちには むつあわせ
以開都掩八紘 みやこひらきて はちこうを
而為宇 おほひていへと なしゆかむ
不亦可乎観夫 またよからずや それみるは
畝傍山東南 うねひのやまの たつみかた
橿原地者蓋国之墺区乎 かしはらのちは くにのなか
可治之 このちにおひて くにしらしまむ
(現代語訳)
月日の経つのは早いものであの東征からもはや六年の歳月が流れました。
その間に神々にご加護いただき凶徒も滅ぼすことができました。まだまだ周辺には妖(あや)しい者が道をふさぐことがありますが、国の内にはもはや騒動もありません。
そこで真心をこめておおいなる都を築造します。いまそのための労作業をしている若者たちをはじめ、我が国のすべての民衆の心は、とても朴素(すなお)です。もちろんまだ稲作をしないで竪穴式住居に住んで狩猟採集だけで生活をしている人たちありますが、そうした人たちを含めて、民衆が豊かに安全に安心して暮らせるよう、大人としての制(のり)を立て、正しい道(義)に従って必ず聖なる行いをしていくことに、果たして何の妨(さまた)げがあるというのでしょうか。
そのために山や林を伐(き)り拓(ひら)いて民衆のために公正を尽くす都を築きます。そして恭(つつし)んで宝位(たからのくらい)に昇(のぼ)りましょう。そうして、大昔から続く元々(もともと)からの人々が生きていく上で大切なことで、国を鎮(しづ)めていきましょう。なぜなら我が国は、もともと天の神から授(さず)けられた徳の国です。みんなで正しい心を養(やしな)って行きましょう。
いま天地東西南北のための都を築造しています。その都を四方八方を覆(おお)う大きな屋根に見立てて、みんながその屋根の下で暮らす家族のように助け合って生きていくことができる国を築いて行きましょう。畝傍山の東南にある橿原の地で国を覆い、民衆を「たから」とする国を築いて行きましょう。

国史啓蒙家:小名木善行氏の『日本建国史』