役目と悲しみ | 猫との生活 ~猫ホスピス 第三章~

役目と悲しみ


ご無沙汰なんですが、猫といえばこちらのブログなので書いてみようかなーと通勤電車の中で開きました。



恐らく以前から私の拙い文章を読んでくださっていた方もブログからインスタなどに移られてると思うから、誰への投稿じゃいと思いつつ、まあ自分の気持ちを記録しとこうと思った次第です。



今朝、姉夫婦の愛猫が他界した。
19歳のオス、アメショーとスコのハーフ。性格もおっとりしてて可愛い男の子(もうおじいにゃん)だった。

先月姉夫婦が近くに越してきて、病に老衰も加わったその猫も頑張って越してきて、お世話や通院、皮下点滴や給餌給水、お腹モミモミ、私がやってあげられること結構した。自分の猫でない子のお世話をあそこまでしたのは初めてだった。

で、なにを書きたかったかというと、都内への出社日だった今朝、亡くなったという知らせを通勤中の都内のバスの中できいて、大粒な涙がポタポタと落ちたことが意外だったから。


死に関わって悲しいという気持ちがストレートに入って涙したのはどれだけぶりなのか。
母の看取り。父の看取り。自分の猫の看取り。私が頑張らなければ。自分の感情がせり出して、状況を見失わないように、心の声なんて聞こえないようにして、ただひたすら彼らの旅立ちが穏やかにスムーズに終わるように。そんな看取りの時間しか過ごして来ていなかった。

姉夫婦の猫は週明けからそろそろ厳しい状況に思えていて、今朝は姉夫婦と老猫だけの最期の時間を邪魔しないようにと、いつもなら朝様子を見にいく私も控えて家を出た。

なので、旅立ちの知らせを受けてシンプルに悲しみがのしかかって来た。大きな顔とふわふわの身体と、綺麗な被毛。もう彼の身体が暖かくないなんて。

そっか。悲しい時ってこんなふうに身体が反応するんだ。マスクの上に沁みていく涙があったかいな、マスクがあって泣いてるのバレなくて良かったわ…と下を向いてバス停に降りた。


恐らく、私は病気の猫のお世話をすることが向いている。メールと電話と数字と色々なルールにがんじがらめになってあっという間に過ぎる1日を生きて人生を閉じるよりも、終えようとしている貴い動物の命に寄り添って生きていく方が求められているし、満たされるんではないかと思った。


そんなグーの居ない初めての夜。


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