自分の人生を生きる
なんだか意識の高い言葉だ。
敷居も高そうだ。求められる能力も高そうだ。
でも、あたりまえのことだよね。
その当たり前ができるだけで楽になるのに。
世の中には、いろんなしがらみがある。
このしがらみがまとわりついて、人は自分の人生を生きることが出来ない。
その原因は結局、「決断の経験不足」につきると思う。
例えば。。。
そこそこ順調な人生を歩んできたA君は、自分の人生を歩めなくて困ってる。
彼は勇気が出ないのだ。それはなぜ?
彼は小さいころから、誰かのレールを走ってきた。
中学生のころは部活はそこそこ、勉強もそこそこ。
地元でそこそこの高校を見つけ、先生にも薦められ、合格した。
高校では気の合う仲間を見つけることに成功。
2年生のころには、人生初彼女が出来ちゃってウキウキ。でも2か月でフラれがっくり。
3年になれば受験開始!目標は地元の名門B大学だ!
合格!おめでとう!涙を流して喜ぶA君!見事国立大生だ!
大学では何となくサークルに加入。うーむ酒とはこういう味か。
20そこそこで童貞も捨てたぜバンザイ!俺も大人になったもんだ・・・
さて3年になったA君はある問題に直面した。
「俺はレールの上しか走ってない・・・」
そしてどうしたもんかと迷いながらも、地元の企業に晴れて就職to be continued....
彼の問題点はどこ?
そう、決断したことがないこと。経験値が不足している。
じゃあ経験豊かな人生って何?
それは、人生の節目で、決断を下していること。
A君のような人生の場合には・・・
1 高校に行くかどうか。 ここで迷う人は稀だけどね。
2 アルバイトをするかどうか。
3 アルバイトが辛い!辞めるかどうか。
4 大学受験するかどうか。 私の経験上、ここの決断をしたことが無い人は、レール病に悩む
5 どこの大学に行くか
6 大学に入ったけど、つまらない!辞めるかどうか。
7 大学で勉強に目覚めた。留学を検討してみよう。
8 大学でもっと勉強がしたい。院に行こうかどうか。
9 就職活動で何を選ぼう。地方を飛び出てやろうか(地方に飛び込んでみようか)
ざっとこんな感じ。
アルバイトなんか入れるな!と思う人は、視野が狭い。
高校生にとって、人生初めてのアルバイトって、決められないし、辞めにくいものだよ。
つまり何が言いたいのかというと、
決断をした経験=決断する恐怖の軽減
ということ。
色々な決断をした人に話を聞くと、こんなことを言うよ
「俺は意外となんとかなる。だから次もどうにかなるだろう」
「大学辞めたときに比べれば怖くない」
「自分は自分にしか責任持たないから気楽なもんだ。」
彼らはみんな知っている。人生って、一回の決断で終わったりしないことを。
そして、絶望的なレールなんて、そうそう無いってことを。
でも、決断の経験が無い人はこれができない。
今のレールを降りたら、暗くて長いトンネルに入っちゃうんじゃないかと考える。
自分の人生の責任を誰が持っているのか、を把握することが大切です。
自分の決断で苦しむのは、自分自身。
決断せずに苦しむのも、自分自身。
トゲトゲした刺激っていうのは、ほとんどのレール上には無い。
刺激を求めるなら、レールを降りて、獣道の開拓者にならなくちゃ。
そして、最後の最後にスーパー大事なことを一つ。
おとなしくレールを走っていても、その先が崖のことってざらにあるよ。