最近、ふと思ったことがあります。
何もしない時間を選んだだけで、
「私、大丈夫かな?」
「怠けてるんじゃないかな?」
って、不安になることってありませんか?
私はずっと、
・ちゃんとしていること
・役に立つこと
・効率よく動くこと
が正しいと思って生きてきました。
だから、予定を入れない休日や、
あえて何もしない時間を過ごすと、
心のどこかがソワソワしていたんです。
「この時間、何か生み出さなくていいの?」
「誰の役にも立ってないけど大丈夫?」
そんな声が、自分の中から聞こえてきて。
でも最近、気づいたんです。
その声って、
本当の私の声じゃなくて、
私が私自身に鳴らし続けていた“音”だったんだなって。
先日、仕事でちょっとした行き違いがありました。
以前の私だったら、
「主任なのに恥ずかしい」
「私ってダメだな」
きっと、そうやって自分を責めていたと思います。
でもその日は、不思議と違っていて。
「あ、知らなかっただけだな」
「別に誰も責めてないし、私も責めなくていい」
そんなふうに、自然に受け止められたんです。
そのとき、はっきり思いました。
ちゃんとしてるって、誰基準?
ずっと私は、
「ちゃんとしている人」を演じようとして、
自分を急かして、締め付けて、
気づかないうちに苦しくなっていました。
でも、ちゃんとしなくても
人は壊れない。
何もしない時間があっても
人生は止まらない。
むしろ、
立ち止まったときにしか
聞こえない感覚や、
回復する力があるんだなって。
実際、最近体の不調があったのですが、
自然治癒力って本当にすごいなと
心から感じました。
当たり前じゃない回復。
当たり前じゃない今日。
だから今は、
「どこに向かっているのか分からない自分」
も、そのままにしています。
答えがなくてもいい。
何者かにならなくてもいい。
昨日の延長じゃない生き方を、
選んでみてもいい。
ちゃんとしてない自分を、
ようやく許せるようになってきました。
許すも何も、
もともと完璧にちゃんとしてなんて
いなかったんですけどね(笑)
でもそれでいい。
それがいい。
もし今、
何もしない自分を見て不安になっている人がいたら、
そっと問いかけてみてほしいです。
ちゃんとしてるって、誰基準?
その答えを決めるのは、
他の誰でもなく、あなた自身だから。
