なぜ
こどもの心は素直である。
だからわからぬことがあればすぐに問う。
”なぜ、なぜ”と。
こどもは一生懸命である。
熱心である。
だから与えられた答を、自分でも懸命に考える。
考えて納得がゆかなければ、どこまでも問いかえす。
”なぜ、なぜ”と。
こどもの心には私心がない。
とらわれがない。
いいものはいいし、わるいものはわるい。
だから思わぬものごとの本質をつくことがしばしばある。
こどもはこうして成長する。
”なぜ”と問うて、それを教えられて、その教えを素直に自分で考えて、さらに”なぜ”と問いかえして、そして日一日と成長してゆくのである。
大人もまた同じである。
日に新たであるためには、いつも”なぜ”と問わねばならぬ。
そしてその答を、自分でも考え、また他にも教えを求める。
素直で私心なく 、熱心で一生懸命ならば、”なぜ”と問うタネは随処にある。
それを見失って、きょうはきのうの如く、あすもきょうの如く、十年一日の如き形式に堕したとき、その人の進歩はとまる。
社会の進歩もとまる。
繁栄は”なぜ”と問うところから生まれてくるのである。
松下幸之助『道をひらく』PHP、1968年、46頁
