初めて私のブログをご覧になる方へ


 


 


 


 


 


 


 


私のブログを読むことで、傷ついたり不快になったりする方もいらっしゃると思います。


 


 


 


再度、はっきりと申し上げると、私は、障害児や積極的治療、延命に、ポジティブな感情を抱いていません。


 


 


 


思ったことをストレートに書きます。


 


 


 


 


 


 


 


批判はやめてほしいです。綺麗事もいりません。


 


 


 


批判するなら読むのをやめて、去ってくださいね。


 


  






 

遅くなりましたが、年が変わりましたね。

全然おめでとうじゃない年明けでした。

 

 

 

 

 

最近、(引きこもりを辞めて笑)色々な人と関わるようになりました。

 

どこに行ってもだいたい、

「子供はいるの?」「子供は何歳?」「子供は何人?」

「性別は?」「大変な時期ね~」「きょうだいげんかは?」

そんなことばかり聞かれます。うんざりします。

 

でも子育て世代なら自然な会話ですよね。普通の。

むしろ聞かれるのが嬉しくて、子供のことたくさん話したくなるんだろうなー

 

 

よく会う人には嘘つくのも嫌なので、一応我が子も子供の人数に含めて伝えてはいます。そして、家にいるていで。

ただ、まさか障害児、しかも重度障害児なんて思ってもないだろうなー

普通なら健常とか障害とかあえて話さなくても、だいたい健常って思い込みますよね。

 

「そういえば、下の子の話があまり出てこないな」とか思われてたりして笑

 

 

 

 

 

我が子は…幸か不幸か、特に大きな変化・進展は何もありません。

 

強いて言うなら、児相に縁組依頼をした件、とうとう病院に伝わり、取材とかいうものがされるそうです。

本人の顔写真撮影くらいですが。

 

ほとんど候補者発見の期待はしていないので、大した進展ではないですね。

 

 

後は、先月に平日のみほぼ毎日、病院からの電話があったことくらいです。

 

(ここからは愚痴になってしまいます)

 

初めの2回ほどは出られていましたが、以降は私も忙しくなって不在着信でした。

 

そんな状態が続いて1か月が経とうとした頃、病院は仕事中の夫にも電話するようになってましたよ笑

夫の方も不在着信が続き、くそまじめな夫はお昼休憩中に折り返したそうです。

 

そしたら、「検査をしたいから同意が欲しい。」とのこと。

 

「医学的な話があるなら、今後は書面にしてほしい。」と伝えていたし、以前にも書きましたが、今後予定の消化器の手術の際に勝手に胃ろうも造設しようとしていたこともあって、なおさら「書面で!」というのは伝えてあったのに。

 

それに、麻酔の要るような検査を電話で同意?

そういうのは一般的にはよくあることなのか知らないけれど、私たちは素人である上に今までの説明でも不十分と思うところを指摘しても改善されなかったから、なおさら書面を要求しているのに。はっきりそのまま伝えたのに。

 

また別日には、また夫に「補聴器を付けたい。試供品で一応聴力に反応が出ている。2万円くらいかかるが購入を検討しておいてほしい。」と連絡があったそうです。

 

夫もきちんと書面で説明してほしい旨を伝えたそうですが、拒否され、「直接来い!」と言わんばかりのことを言われたそうです。

 

私たちは、「じゃあ要らないねー」となりましたが。

 

 

担当医はいつも大げさに感情的に、「反応がある」とか「楽しそう」とか言うので、“言葉”は信用していません。

 

いかなる検査結果も書面で欲しいと言っているのに、出されたことはありません。

 

 

もう一切の信用はありません。

 

 

 

 

 

話が戻りますが、ずっと不在着信だったのは、無視していたわけではありません。

 

自分の社会的な居場所が欲しくて、色々行動していました(我が子には全く関係のない事柄です。)。

ただ単に電話は出られない状況にあっただけなわけで…

 

笑えるのが、着信はいつも平日でしかも17時頃までの時間。毎日かけて毎日不在なのにずっとそのパターン。

 

頑なに書面にしないところとか、勤務時間きっちり守ってるところか、笑えました。

誰かに引き継いで、用件だけでも伝えるとか電話できる時間を尋ねてもらうとか、何か方法考えないのかよ。

 

1か月も連絡とれない、折り返しもないのにやり方変えないって…

 

「お母さんの気持ちに寄り添う」とか「我が子のために」とか言うけど、結局仕事。自分たちの都合。

 

1か月間毎日電話をかけなければならないけど、出なければ諦めてさっさと退勤できるような内容ってことみたいです。

 

 

手術のみならず検査も、夏から拒否しているのでもう半年になりますが、急がなくてもいいんですねー

あと、「できる限り早めに補聴しないと超神経が退化する。」とか、それも夏に言っていたけど、急がなくてもいいんですねー

 

じゃあそのまま何も急がなくてもいいので、放っておいてください、って感じです。

 

 

 

 

 

色々行動していた、と最初に書きましたが、我が子は関係なく、今までの人生を取り戻すべく社会と繋がるために行動していたわけですが、その前に、晩秋頃から『これでもう最後』と思って、看取り可能な方法を再模索していました。

 

もう我が子問題で振り回される生活には、例え一時的でも終わりにしたかったんですよね。だから、とりあえずですが、最後、です。

 

 

看取りをしてくれそうな病院に電話。

難しいと言われれば、「何か情報あれば教えてほしい」と伝える。

 

それを繰り返していました。

結果はどこもだめでしたが、(ベテランの方なら)事務の方自身が他機関の知人を当たって下さったり、医療者に伝えて院内で話し合って下さったり、協力的・献身的な方が多かったです。

会ったこともない電話の人間に対し、そんな風に動いて下さる方がいて、本当に嬉しかったです。

 

 

実際に話が進みかけたところもあります。訪問看護ステーションでした。

子供の看取りを望んでいることを受け入れてくださったうえで、小児看取りの前例はないものの「ぜひ、うちに担当させてください。」と仰ってくださいました。

ただ、またここでも厄介な担当医に阻止されました。

 

「退院は許可できない。」と、訪看の医師に伝えたそうです。

 

10月の面談で「退院先についてどう考えているか。施設か、自宅か。」と尋ねられました。

またこの『質問かよ。そもそも治療は要らないって言っているのに、それ訊く?』って思いましたが、その場では濁していました。

 

そのこともあって、実は、「年末だけでも連れて帰ることも検討している。」と、面談の少し後に看護師へ相談したことがあります。

一応、それなりの“フリ”を病院に見せるために、です。

 

その際は、病棟全体でそのために必要な準備に取り掛かろうとしていたそうで、退院不可なんて言われていませんでした。

 

なのに、1か月後には「退院不許可」。

別に容態はそれほど変わりません。酸素の吸入量が若干増えたくらいです。

 

 

在宅にして看取ろうとしたことがバレたのかなぁ。

『こいつはヤるつもりだ。』って思われたんだと思います笑

 

 

そんなに生かしたいとか思うなら、引き取って養親にでもなれば?

 

 

 

 

 

思いに共感して行動を起こしてくださる親切な人がいることに嬉しかった一方で、やっぱり、現代医療に疑問を持つ方は実はたくさんいるのかなとも感じました。

 

 

 

 

 

以前、【毎日大変ですが、医療的ケア児を愛情たっぷり育てています】的なネット記事にコメントをしたことがあります。

「こんな状態で子供は幸せなのだろうか。」と言った他者のコメントに対し、「当事者である私の体験を書く。我が子に医療的ケア児になってまで生きてほしいとは思わなかったし、ずっと思っている。」と書きました。

 

すると私のコメントに対し、「私は当事者だが、その発言は傷つく。我が子に死んでくれと言われてるみたい。」という2文のコメントが付きました。

 

私はこの人に、正直、腹が立ちました。

 

傷つけたなら申し訳ないです。

「傷ついた。」と言われるのも、それもその人の感情で、別に責めるつもりはありません。

でもこの文章の書き方、私は「自分の子なら生きていてほしいのは当たり前でしょ。」っていう先入観を孕んでいるように感じるな…

私はわざわざ、「我が子に」「自分の体験」って言ってるのに。


 

私はあえて、コメントしたんですよね。

知ってほしいんですよ。生きてほしい親ばかりではないことを世間に。

 

障害児の記事には生きてほしい親・人しか物言えないのでしょうか。

 

被害者。

きついことを言いますが、そうやって被害者ぶる当事者がいるから、積極的治療を望まない家族が声を上げられなくなるんじゃなかろうか…

 

被害者になれば“権利”を主張するという面で強いですからね。性格悪いと思われると思いますが、あえて強い言葉で言うなら、それを“潰しにかかりたい”です。

その人自身とかその人の死生観じゃなくて、『生かしたいのが当たり前で、自分は正統派。』だなんていう態度を、です。

 

そんな人の言う「健常児と比べて差別しないで。」「インクルーシブに。」なんて、結局自己中心な言動にすぎないとしか、悲しいかな、思えません。

 

 

生かしたい親・自然にしてやりたい親、どちらもいる事実を、当事者にもそうじゃない人にも知らしめたいし、真剣に向き合ってほしいです。

 

【世の中を大きく変えるほどの出来事は、いつもささいなことから始まる。】

アリストテレスのこの言葉が、私の今までの行動にも当てはまればいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、生かす・自然死を選べるようになったとして、自然死を選んだ家庭に渡っていたであろう給付金・手当金が、生かすを選んだ家庭に回せるようになったとしたら。

 

それって、生かすを選んだ家庭にしたら、嬉しいことなんじゃないでしょうか。

 

そうなるなら、同じ当事者でも自然死を望む当事者のことも、『受け入れよう』って思えるんじゃ…

例え、仕方なく、でも。