佐藤泰志 著「海炭市叙景」・・・ | モバイルおやじ@curbのブログ

佐藤泰志 著「海炭市叙景」・・・

佐藤泰志 著「海炭市叙景」

2010年10月11日 初版第1刷発行

2021年5月12日  第11刷発行

小学館文庫

 

<目次>

第一章 物語のはじまった崖

 1 まだ若い廃墟

 2 青い空の下の海

 3 この海岸に

 4 裂けた爪

 5 一滴のあこがれ

 6 夜の中の夜

 7 週末

 8 裸足

 9 ここにある半島

第二章 物語は何も語らず

 1 まっとうな男

 2 大事なこと

 3 ネコを抱いた婆さん

 4 夢みる力

 5 昂った夜

 6 黒い森

 7 衛生的生活

 8 この日曜日

 9 しずかな若者

 単行本解説 福間健二

 文庫版解説 川本三郎

 

これは、1991年12月に集英社から単行本として刊行されたものを文庫化したもので、巻末の単行本解説によれば、雑誌「すばる」1988年11月号から1990年4月号まで断続的に3つの物語ずつ6回にわたって発表された18の物語との説明があります。

 

なお、当初作者の構想では、ここまでの18作品が冬と春として書かれ、さらに夏と秋として18作品の計36の物語が書かれる予定だったものが、作者の自殺でそれが実現されなかったのこと。

 

 

ここには、海に面した北海道の町”海炭市”を舞台に、この町で生まれ育ち、さまざまな境遇を抱え運命に翻弄されながら、日常を必死に暮らす人たちが、周囲の人々との複雑な人間模様を絡めながら淡々とした筆致で描かれています。

 

 

この作品に描かれた町”海炭市”というのは”函館市”のことだと思いますが、最後の「しずかな若者」だけを除き、そのほかの17の物語の暗さに引きずられるように町自体が重苦しく暗いイメージに染まって見えます。

 

あくまで参考ですが、現在の函館市は、昨年度の生活保護受給率をみても大阪市に次いで受給率が高く、ますます進む高齢化と併せ考えても決して豊かな町とは言えないようですね。

 

この作品が書かれたのは今から34年ほど前の所謂バブルがはじけて平成不況に向かう頃。

私も含め本土に暮らす者は、北海道全体を所謂”観光地”として一括りに捉えがちですが、今考えても市毎に見れば、そこには他からは見えないそれぞれの歪みがあったのだと今回初めて知らされた思いがします。

 

現在、北海道の倒産件数も増加傾向とのこと。

2007年に夕張市が財政破綻したことはまだ記憶に新しく、実際財政難に苦しむ全国自治体の上位には北海道の市がいくつか名前を連ねています。

 

かつての炭鉱に頼った産業構造が変化し、その後基幹産業の誘致や育成が進まず雇用創出に結びつかなかったことに併せ、高齢化による生産人口の減少もその大きな要因となっているのでしょう。函館もそういった町の一つだったということが改めてわかりました。

 

ちなみに、私が北海道と聞いて思いつく企業には「ツルハドラッグ」、「ニトリ」、「セイコーマート」

などがありますが、みんな札幌の企業ですね。

 

読み終わって気づいたのですが、ここには、海峡を隔てた場所”東京”を指す言葉として”首都”という言い方が頻繁に使われていますが、”函館”を”海炭市”と書いたように”東京”も敢えて”首都”としたのでしょうか。

 

それにしても最後の「しずかな若者」だけを除き、全ての話はかなり暗さを感じさせ、ちょっと気が滅入ってしまいそうな話もあります。

それは、故郷の函館で生まれ育った作者の原体験がこの街の雰囲気に色濃く映りこんでいるからなのでしょうか。

 

最後に、著者の佐藤泰志さんについて調べてみました。

 

Wikipediaによれば・・・。

佐藤泰志は1949年4月26日生まれ。

高校時代、「青春の記憶」で第4回有島青少年文芸賞優秀賞

翌年には「市街戦の中のジャズ・メン」で第4回有島青少年文芸賞優秀賞

國學院大學卒業時、「颱風」で第39回文學界新人賞候補

27歳、「深い夜から」で北方文芸賞佳作受傷

28歳、「移動動物園」で第9回新潮新人賞候補

32歳、「きみの鳥はうたえる」で第86回芥川龍之介賞候補

その後作家生活に入り、

33歳、「空の青み」で第86回芥川龍之介賞に二度目の候補

続いて「水晶の腕」が第89回芥川龍之介賞候補

同年「黄金の服」が第5回野間文芸新人賞候補、第90回芥川龍之介賞候補

39歳、「オーバー・フェンス」が通算5度目の第93回芥川龍之介賞候補

その後アルコール依存が悪化、

40歳、初めての長編小説「そこのみにて光輝く」で第2回三島由紀夫賞候補

翌年1990年10月10日に自死、享年41歳。

とありました。

 

一つの文学賞受賞だけを頼りに書き続ける作家もあり、各種文学賞を総なめにする作家もあり、文学賞受賞を頑なに固辞し続けた人気作家もいます。

佐藤泰志さんにとって文学賞とは一体どんなものだったのでしょうか。

もし生きていれば彼も今75歳になりますね。

 

この作品中で、最後に書かれた「しずかな若者」だけがガラッと雰囲気を変え、陽射しに満ちた明るさを持って描かれているところが唯一の慰めと言ったところでしょうか。

これは、夏に向かう前の心の明るさを意図して描かれたものと言った見方もできるかもしれません。

 

 

集英社刊行の単行本当時に書かれた福間健二氏(詩人、翻訳家、映画監督)の解説が「単行本解説」として載せられていますが、そこに「各篇のタイトルは全て福間健二氏の詩から採られている」と書かれていました。

福間氏も佐藤泰志と同じ1949年生まれ。

ちょうど今から一年前の2023年4月26日に亡くなっています。