池澤夏樹著「スティル・ライフ」・・・
池澤夏樹著「スティル・ライフ」
1991年12月10日 初版発行
2020年3月30日 28刷発行
中公文庫
<目次>
「スティル・ライフ」
「ヤー・チャイカ」
解説 須賀敦子
元は1988年2月、中央公論社刊
池澤さんは1945年7月7日生まれの現在78歳で、出身は両親の疎開先だった帯広市。
加藤周一、中村真一郎らと共に文学研究グループ「マチネ・ポエティク」を結成したフランス文学者の福永武彦を父に持つ。
母親の原條あき子もその同人だったが、1950年に離婚した後は母と共に東京に移ったとのこと。
福永武彦氏の名は、鶴見俊輔さんの書籍で何度か見かけた記憶がある。
著者の池澤さんは、このタイトル作品「スティル・ライフ」で第98回芥川賞と第13回中央公論新人賞を同時受賞。
その他数々の文学賞も受賞し、翻訳や詩集も出版するなど多彩な才能の持ち主。
さて「スティル・ライフ」について・・・
「still live」とか「still alive」なら「まだ生きている・生存している」と言う意味だが、 このstill lifeは「静物」または「静物画」を意味するらしい。
この小説も有名なのでタイトルだけは昔から知っていたが、書かれた当時は読む気もなく、どういうわけか今になって読んでみたい気分になった。
話の内容は、染色工場でアルバイトをする主人公の”ぼく”と、そこで知り合った同じアルバイトの”佐々井”との奇妙な交流を描いた作品。
“ぼく”は、叔父夫婦の住む広い敷地の大きな家に一人で暮らし、アルバイトをしながら、まだ自分の本当にやりたいことが見つけられずにいる。
あることがきっかけで“ぼく”はアルバイト仲間の彼とたまに飲みに出かける仲になるのだが、しばらくして“ぼく”より後に入った彼は、あっさりとアルバイトを辞めてしまう。
その後のある時、佐々井から連絡があり、3ヶ月だけ”ある仕事”を手伝って欲しいと告げられるのだが・・・。
横領したお金に利子をつけて返済するために株の売買をすると言う実に現実的な世界と、山や星や宇宙という観念の世界が緩くたゆたっているような作品。
因みに、Wikipediaによれば池澤さんは埼玉大学理工学部中退とある。
そこで物理学を学んだためか、小説内にも宇宙や星のことや地球の成り立ちについて”佐々井”が語る場面も多く、ある意味池澤さん自身の人格を”佐々井”に被せているような感じ。
文学賞をもらうだけあって、文体や表現に新鮮な印象を受けたが、読後私の心に何か残ったものがあるかと問われれば、特にないと言うしかない。
ただし、これはあくまで一読者としての感想で批評でないことだけは言っておく。
もっと生きることに迷う世代、特に若者が読むべき作品だと思う。
私のような高齢者となっては、ただ話の筋の突飛さを味わうだけになるようだ。
著者42歳の頃の作品で、これが出版された時は私がまだ31歳の頃。
その頃読んでいたらもっと感動したのかもしれない。
次の「ヤー・チャイカ」・・・
登場人物は主人公の鷹津文彦と娘のカンナ。そしてロシア人のクーキン。
カンナは高校生2年で、文彦は妻と別れて4年。今は娘と二人暮らし。
ある時文彦は、仙台出張の帰りシベリア生まれでロシアの木材輸出公社に勤めるクーキンと知り合う。
内容は、文彦とカンナ、そしてクーキンとの日常の交流を描きながら、文彦とクーキンの人生観、そして大人への階段を昇っていくカンナの成長が、淡々とした筆致で、ある意味抒情的に描かれている作品。
題名の「ヤー・チャイカ」とは、旧ソ連時代の世界最初の女性宇宙飛行士ヴァレンシナ・テレシコワのコールサインで、意味は「わたしはカモメ」
そう言えば確かに昔聞いた覚えがある。
テレシコワは、1963年6月16日ボストーク6号に単独搭乗し70時間50分をかけて地球を48周したのだが、調べたら現在も86歳で存命中。
Wikipediaを見ると、現在のかのロシア大統領とも関係があるらしい。
まさに国家にすべてを捧げ、国家無くしては生きる選択肢のない人生だったのだろう。
作品のなかで、文彦がテレシコワに出せなかったファンレターを書いたのが15歳の時とある。作品が書かれた当時の設定では文彦は40歳ということになる。
生まれは1948年生まれだから、ほぼ著者の実年齢とも重なります。
文中にあった「かじかんだ足の指がまだ自分に所属することを確かめようと、ちょっとだけ動かしてみるようなものだ」と言う表現は実に面白い。
こういう比喩は到底私には浮かんできそうにない。
今更・・と言われそうですが、読んでいてちょっと新鮮な感じで面白いので、池澤さんの他の作品も読んでみたいですね・・・。
P.S.
本は面白いもので、どんな作品にいつ出会うのかによって感じ方が全く違うし、受ける影響も変わってくるところに魅力がある。
考えてみれば、この年になって初めてわかることも多いし、読んだ後の感じ方も若い頃より深まってきたことを嬉しく思う。