バンコク駐在員物語 ~別離編 その1~
俺のバンコク駐在も8年目を迎えた。
異国の地で、仕事はいろいろと苦労もあるが、
プライベートはいたって順調だ。
毎日通える気楽な店。
笑顔で迎えてくれる可愛いママ。
俺の好物を日替わりで出してくれる。
他の常連さんともすっかり顔なじみで、
一緒に飲んだり、ゴルフにも行くようになった。
よく考えてみると、俺の順風満帆なバンコク生活は、
ここ、お好み焼き『ちゃうちゃう』から始まっていると言っても過言ではない。
ありがとう、ママ。
そんな感謝の気持ちを胸に抱いて、今日も『ちゃうちゃう』に向かった。
「あぁ、ひくさん、こっち、こっち。隣に座って一緒に飲もうよ。」
カウンターでは、木田さんが一人でグラスを傾けていた。
木田さんは、ちゃうちゃうで仲良くなった人だ。
俺のように毎日来るわけではないが、
会うといつもきさくに声をかけてくれる。
木田さんがお好み焼きを食べているのは見たことがない。
他の常連客と同様、ちゃうちゃうを飲み屋だと思っているようだ。
「ママ、俺、とりあえず生ビールね。」
俺が、良く冷えたジョッキに程よい泡の乗ったビールをぐびっと一口飲んだとき、
木田さんが言った。
「ひくさん、聞いたよね?ママ、ここの店、閉めちゃうんだって。」
えーーーーーーーーーー!!
聞いてないよ。初耳だよ。毎日来てるけど、そんなこと一言も聞いたことがない。
ひどい・・・。ひくひく・・・ひくひく・・・。
「もったいないよ。なんで閉めちゃうの?
儲かってないわけじゃないでしょ?」
木田さんの問いにママが答える。
「ぼったくってるけど、ボロ儲けってほどでもないし。
まぁ、とんとんかなぁ。」
ぼ・・・ぼ・・・ぼったくってるって、言うか?普通。
なんて正直なんだ。
「じゃあ、なんで辞めちゃうの?」
「うん・・・。日本の母も高齢だし、娘も年頃だしでね。」
「そうかぁ。じゃあしかたないね。」
木田さんは、ぼったくられてることについては特に咎めもせず、
閉店の理由にも納得しているようだった。
でも、俺はママのことをよく知っている。
本当はそんな理由じゃないはずだ。
おそらく、いや絶対、
飽きた
っていうのが理由だろう。
だけど、だけど、だけど・・・
俺のバンコク生活はどうなるんだ?
俺の居場所がなくなっちゃうじゃないか。
ほげぇ!
つづく