MacBook Airが使用して早くも1ヶ月近く経ちました。
正直自宅のiMacよりも使い勝手が良くて大変気に入っています。購入する前の予想通りiPadは全く使用しなくなってしました。
会社を離れて仕事をしたいときにiPadでは限られた情報しかアクセスすることができなく、かつ情報の整理や編集を行うことができなかったので時間効率を大幅に上げることができました。
現在のiPadの使用タイミングは全くないです。少し寂しいですが、「早くMacBook Air」に切り替えれば良かった」と反省しています。
とりあえず良かったです。
2012/03/16に「新型iPad」がリリースされるようです。
初代iPadが発売されて早3年目になりました。
今回のiPadのイメージビデオを見るかぎり、「ポストPC」「iPadは生活をより豊かにする」ということを全面に押し出していました。
(具体的な作業は提示されていませんでしたが。)
しかし、「iPadは生活をより豊かにする」というイメージはかなり先行し過ぎている感があります。
私の場合、iPadを全く使用しなくなりました。iPadで使用していたシーンはMacBook Airで全て解決し、より時間効率や質が向上しました。
iPadの利用シーンはヘビーユーザー(もしくは仕事で)がパソコンで使用していた分野であり、ライトユーザーがiPhoneで行なっていた作業です。
Appleはライトユーザーに対して「iPhoneより大きいiPadでやったほうが使いやすいよ」というイメージ戦略を展開しているかと思われます。
AppleはライトユーザーをTV時代のユーザーと同様の定義をしていると考えているフシがあります。
ライトユーザーを獲得するには
・ ある程度のサービスが高度に準備されており、説明がなくても簡単にだれでも同じサービスが楽しめる
・ また購入してもらう上でも、価格も手頃である。
・ 今までやっていた作業がタブレットでもできるということ
そう考えながらiPadのイメージビデオを見るとよく分かりやすいかと思います。
残念ながら、iPadのスペックでは、高度な作業を行うにはスペックが足りなすぎます。いくらメモリー1GBでも全く足りないとと思います。
iPhoneの感動から考えると「営利組織としてわかるけど、(誇大広告で)企業哲学がないんじゃないの?」っと思ってしまいます。
Appleの企業哲学は、「人間の知的作業の補助するデバイスを作る」こととだそうです(ジョブス氏スピーチより)。
パーソナルコンピューターの役割・定義とは
人間活動全ての記録をする外部装置であり、人間の「覚える」という作業から開放だと思います。
また蓄積したデータからの新しい発見、イノベーションを発生させるための補助装置。仕事の効率化を追求する個人秘書のような役割だと思います。
現行パソコンの低廉化やクラウド環境の整備が多少進んだ現在、パソコンにおいて一般レベルでやっとその分野で活躍できるスペックを手に入れたと言えるかもしれません。
以前までのパソコンはスッペクが低く、全ての作業を行うのにたくさんの手順を踏まなくてはならず、多くのケースで覚えることの開放やイノベーションというところには至りませんでした。
ほとんどの方がインターネットを多少楽しんでと言った具合かもしれません。
Appleが業界が現在ナンバーワン企業であることは間違いありませんが、あくまでも一般部門においてであり、ある程度の高度な処理を行う装置としてはiPadなど簡易デバイスでは全く処理が足らないというのがホンネではないのでしょうか?
iPadが製品として悪いということは全く言うつもりはありませんが、全ての手間と時間をかけるツールとしては一流に達していないというのが結論です。
但し、iPadが現行のパソコンと同等のスペックを手に入れたら完全に、パソコンの再定義が必要になるかと思います。
MacBook Airを購入しましたが、かなり優秀なスペックなのでビックリしました。
iPadでは全くもって比較になりませんでした。iPadには本当に悪銭苦闘をしました。
iPadはエンターテイメント端末や隙間時間使用のガジェットとしてはかなり成長をしてきましたが、多少複雑な仕事をするのはまだまだスペックが弱いと思いました。
ビジネスで使用するのは間違いなくMacBook AIrでした。ホント、パワーの桁が圧倒的に違いました。
iPad3は買わないと思いますね。(と思います)
そもそも私がITガジェットにお金を掛けるのは(趣味ということもかなり否めませんが)、ITガジェットはビジネス能力に大幅にプラスになると思っているからです。
ITガジェットは現在、3つの側面(使用目的)があるかと思います。
1つ目の側面は、
能力を効率的に使用して時間的な余暇を作ること。業務の簡素化、簡略化を目指しています。
書類を電子化して、書類整理の時間短縮と使用頻度を上げて能率を上げること。隙間時間の有効な活用。
2つ目は、IT使用を習慣化して、人間の能力を強化・拡大していくこと。
今まで手帳や名刺帳を使用して人間関係やビジネスを行なってきましたが、Evernoteやリマインダーを使って人間の「覚える」という作業から開放しつつあるかと思います。
Facebookなどで遠距離での人間関係の維持管理、Twitterでの井戸端会議から不特定多数の人物から情報収集など、現在最も注目されている分野と言えると思います。
3つ目の側面は、
雑然とした情報を整理・統合して結論を導いていくためのツール。想像的かつ創造的分野になります。
最近では日本女子バレーが試合中にスコアを取りながら作戦を変更させて勝率を上げていくというスタイルが注目されました。一般ビジネスでもExcelを使用して、
育成管理や資産管理を行なっている企業は非常に多いかと思います。
またスッペク次第ですが、音楽やイラスト、映像作成もこの分野に入るかと思います。
そうは言ってもモバイルガジェット(iPhoneやiPadなど)は、上記の2つ目までは得意としており、それが強化されてきていると思います。
しかし、3つ目の作業はビジネス分野において最も必要とされてきている側面ではないのでしょうか?
Microsoft Officeが良い例のようにソフトはより封雑に組み上げられて多くのビジネスパーソンの要望に応えられるようによりニッチになってきており端末にかかる負担は増大の一歩となっているかと思います。世界が変化加速しているのもここが大きいかと思います。
そうは言っても3つ目の側面は1つ目、2つ目が達せられて可能なことと思います。
MacBook AIrは、この分野でかなり有効に働いてもらっています。ホントに感謝です。
現在、仕事では収集情報の管理や、事業方針の策定などをすべてにフル利用しています。
今後はiPadがまた戻れるとしたら、
①それに耐えられるくらいにタブレットやモバイルのスペックが上がること。
②扱う情報の質が高度になっていくので、セキュリティがパソコンレベルまで向上すること
iPadはバッテリーが強いのは本当に良かったですね。
iPadでは全くもって比較になりませんでした。iPadには本当に悪銭苦闘をしました。
iPadはエンターテイメント端末や隙間時間使用のガジェットとしてはかなり成長をしてきましたが、多少複雑な仕事をするのはまだまだスペックが弱いと思いました。
ビジネスで使用するのは間違いなくMacBook AIrでした。ホント、パワーの桁が圧倒的に違いました。
iPad3は買わないと思いますね。(と思います)
そもそも私がITガジェットにお金を掛けるのは(趣味ということもかなり否めませんが)、ITガジェットはビジネス能力に大幅にプラスになると思っているからです。
ITガジェットは現在、3つの側面(使用目的)があるかと思います。
1つ目の側面は、
能力を効率的に使用して時間的な余暇を作ること。業務の簡素化、簡略化を目指しています。
書類を電子化して、書類整理の時間短縮と使用頻度を上げて能率を上げること。隙間時間の有効な活用。
2つ目は、IT使用を習慣化して、人間の能力を強化・拡大していくこと。
今まで手帳や名刺帳を使用して人間関係やビジネスを行なってきましたが、Evernoteやリマインダーを使って人間の「覚える」という作業から開放しつつあるかと思います。
Facebookなどで遠距離での人間関係の維持管理、Twitterでの井戸端会議から不特定多数の人物から情報収集など、現在最も注目されている分野と言えると思います。
3つ目の側面は、
雑然とした情報を整理・統合して結論を導いていくためのツール。想像的かつ創造的分野になります。
最近では日本女子バレーが試合中にスコアを取りながら作戦を変更させて勝率を上げていくというスタイルが注目されました。一般ビジネスでもExcelを使用して、
育成管理や資産管理を行なっている企業は非常に多いかと思います。
またスッペク次第ですが、音楽やイラスト、映像作成もこの分野に入るかと思います。
そうは言ってもモバイルガジェット(iPhoneやiPadなど)は、上記の2つ目までは得意としており、それが強化されてきていると思います。
しかし、3つ目の作業はビジネス分野において最も必要とされてきている側面ではないのでしょうか?
Microsoft Officeが良い例のようにソフトはより封雑に組み上げられて多くのビジネスパーソンの要望に応えられるようによりニッチになってきており端末にかかる負担は増大の一歩となっているかと思います。世界が変化加速しているのもここが大きいかと思います。
そうは言っても3つ目の側面は1つ目、2つ目が達せられて可能なことと思います。
MacBook AIrは、この分野でかなり有効に働いてもらっています。ホントに感謝です。
現在、仕事では収集情報の管理や、事業方針の策定などをすべてにフル利用しています。
今後はiPadがまた戻れるとしたら、
①それに耐えられるくらいにタブレットやモバイルのスペックが上がること。
②扱う情報の質が高度になっていくので、セキュリティがパソコンレベルまで向上すること
iPadはバッテリーが強いのは本当に良かったですね。
現在(2012年2月23日)、インターネットテクノロジーの先端はどうなっているでしょうか?
流行で言えば、モバイルOS(iOS、Androidなど)の普及や、Bluetooth、Wi-Fi、クラウド、LTE、HTML5が上げられるかもしれません。
今まで、パソコンの前にいなければ本格的なネットワークに繋ぐことが出来ませんでしたが、生活全般にインターネットテクノロジーが浸潤してきました。
電車の中でスマートフォンをイジっている人がすごく見受けられるようになりました。
まだ、日本ではEvernoteやInstapaperやDropBoxなどのクラウドベースのソフトをフル活用する人は少ないですが、そのうちもっと増えるようになるかと思います。
そうすることで、個人が管理する情報量は現在の何倍も増え続けるようになるかと思います。
自分がネットの世界で集めたデータは、その人の人格と同じようにある程度偏りや性格が出てくるかと思います。ある意味では、自分自身のもう一人がネット上に存在するということに近いかもしれません。(以前、Facebookの記事をバーチャル上の自分自身と言っていたアメリカ教授がいました。なので仮にFacebookに記事を乗っけるときは無責任に記事を書かないようにとの指摘もありました。私もそう思うので、どうもFacebookを更新することが億劫になってしまいました。)
現在のインターネットはあくまでも集団知の信頼や管理者のブランドに支えられて、ユーザーが「この情報はある程度信頼できるぞ」と情報を獲得しているかと思います。
それでも、もちろん情報事故やプロバカンダが発生します。最近の食べログしかり、管理者のブランドにつけ込んだ組織的な(犯罪的な)情報操作や、デマやガセがあります。
それがあったとしても、あくまでも自己責任(事故責任)という世界になっています。
現実世界で考えると、犯罪が膨大に頻発しているのにも関わらず警官が全く足りないという状態です。
冷静に考えると怖い話です。
みんながやっているから大丈夫とか、便利だからやっているという感覚は私にもあります。
ソフトウェアレベルでの話もOSにマルチウェアソフトがあったり、便利だがOSに適合していなかったりとインターネットができてから50年間近く経つもの統合されたルールがないという状況がずっと続いています。
原因は、何なのでしょうか?
インターネットテクノロジーは基本はもちろんインターネットになります。
OSやソフトウェアやハードはそれに付随するものになるかと思います。
インターネットが管理者がいないこと、自由であることが前提にしているところにあるのではないのでしょうか。言葉で言えばリベラルが好きな言葉に聞こえますが、多くの場合自堕落や退廃を招く可能性があります。
多くの国では自由と抑圧のバランスを文化的背景でコントロールしているかと思います。(戦時下のアメリカの団結力や日本人の自発的ボランティア活動など)
インターネットをそれを放棄していることが怖いところです。
今回、Appleではデバイスにインストールできるアプリを管理して、使用できるアプリの危険性を排除する活動をしています。
営利目的の一企業がインターネットデバイスを一部を通して管理をすることは、完全な回答ではないとは感じていますが現時点では最適なスキームかと思っています。
政府や組合は広範なインターネットテクノロジーを監視する必要がなく、Appleの管理体制に不正や有無を監視すれば良いので、よりフォーカスした体制を維持することができます。
(これはWindowsをリリースしているMicrosoftにもいえることと思います)
逆にAndroid OSをリリースしているGoogleは無償提供により、良い意味でも悪い意味でも使用者側(ユーザーやハード会社)の自己責任としています。
ある意味無責任な商売をすることが可能かもしれません。
今後もマルチウェアも増え続ける中、個人が管理していく個人情報が増え続けていきます。
iOSを越えて増えていくだろうAndroidの責任は誰がいったい取るのでしょうか?
流行で言えば、モバイルOS(iOS、Androidなど)の普及や、Bluetooth、Wi-Fi、クラウド、LTE、HTML5が上げられるかもしれません。
今まで、パソコンの前にいなければ本格的なネットワークに繋ぐことが出来ませんでしたが、生活全般にインターネットテクノロジーが浸潤してきました。
電車の中でスマートフォンをイジっている人がすごく見受けられるようになりました。
まだ、日本ではEvernoteやInstapaperやDropBoxなどのクラウドベースのソフトをフル活用する人は少ないですが、そのうちもっと増えるようになるかと思います。
そうすることで、個人が管理する情報量は現在の何倍も増え続けるようになるかと思います。
自分がネットの世界で集めたデータは、その人の人格と同じようにある程度偏りや性格が出てくるかと思います。ある意味では、自分自身のもう一人がネット上に存在するということに近いかもしれません。(以前、Facebookの記事をバーチャル上の自分自身と言っていたアメリカ教授がいました。なので仮にFacebookに記事を乗っけるときは無責任に記事を書かないようにとの指摘もありました。私もそう思うので、どうもFacebookを更新することが億劫になってしまいました。)
現在のインターネットはあくまでも集団知の信頼や管理者のブランドに支えられて、ユーザーが「この情報はある程度信頼できるぞ」と情報を獲得しているかと思います。
それでも、もちろん情報事故やプロバカンダが発生します。最近の食べログしかり、管理者のブランドにつけ込んだ組織的な(犯罪的な)情報操作や、デマやガセがあります。
それがあったとしても、あくまでも自己責任(事故責任)という世界になっています。
現実世界で考えると、犯罪が膨大に頻発しているのにも関わらず警官が全く足りないという状態です。
冷静に考えると怖い話です。
みんながやっているから大丈夫とか、便利だからやっているという感覚は私にもあります。
ソフトウェアレベルでの話もOSにマルチウェアソフトがあったり、便利だがOSに適合していなかったりとインターネットができてから50年間近く経つもの統合されたルールがないという状況がずっと続いています。
原因は、何なのでしょうか?
インターネットテクノロジーは基本はもちろんインターネットになります。
OSやソフトウェアやハードはそれに付随するものになるかと思います。
インターネットが管理者がいないこと、自由であることが前提にしているところにあるのではないのでしょうか。言葉で言えばリベラルが好きな言葉に聞こえますが、多くの場合自堕落や退廃を招く可能性があります。
多くの国では自由と抑圧のバランスを文化的背景でコントロールしているかと思います。(戦時下のアメリカの団結力や日本人の自発的ボランティア活動など)
インターネットをそれを放棄していることが怖いところです。
今回、Appleではデバイスにインストールできるアプリを管理して、使用できるアプリの危険性を排除する活動をしています。
営利目的の一企業がインターネットデバイスを一部を通して管理をすることは、完全な回答ではないとは感じていますが現時点では最適なスキームかと思っています。
政府や組合は広範なインターネットテクノロジーを監視する必要がなく、Appleの管理体制に不正や有無を監視すれば良いので、よりフォーカスした体制を維持することができます。
(これはWindowsをリリースしているMicrosoftにもいえることと思います)
逆にAndroid OSをリリースしているGoogleは無償提供により、良い意味でも悪い意味でも使用者側(ユーザーやハード会社)の自己責任としています。
ある意味無責任な商売をすることが可能かもしれません。
今後もマルチウェアも増え続ける中、個人が管理していく個人情報が増え続けていきます。
iOSを越えて増えていくだろうAndroidの責任は誰がいったい取るのでしょうか?
