T.F
1987年 大阪市内のヤンキーの多い街に生まれる。
1994年 大阪市立喜連小学校 入学。
2000年 大阪市立喜連中学校 入学。
2003年 大阪府立天王寺高等学校 入学。
2006年 大阪大学 入学。
2007年 アメリカでのバックパッカー旅行。
2009年 カナダでの語学学校、農家での就労。
2010年 就職活動に失敗し、大学院進学。
2011年 大阪大学大学院経済学研究科 入学 同時に世界一周旅行へと出発。
2012年 現在。
自己紹介文
自営業を営む父親と中学校の保健室の先生である母親、5歳年上の兄と僕。両親の離婚によってこの家庭が崩壊を迎えるのは僕が4、5歳の頃。兄と共に父親に引き取られる。父親と母親どちらと暮らすかという選択肢は僕達兄弟には与えられず、両親とその周りの人達の話し合いで決定されたのだった。そのときは、これは僕が口を出せるような問題ではなく、両親の決定に納得せざるを得ない状況なのだと、妙に道理をわきまえたような考えだった。それからというもの、洗濯や洗い物、休みの日の炊事などを自分ですることになった。小学校高学年ぐらいになってくると、僕は自分だけが大変で、特別なことをしている気になっていた。しかし、もちろんそんなことはなかった。土地柄もあり、「家庭環境に難アリ」という子供はクラスに何人かは必ずいたのだ。年齢に関係なく、他にも大変な経験をしている人間はいる。幼いながらにそのことに気づくことができ、それからは周りを見る目が変わった。自分を悲観せず、同等の人間として接することができるようになったと思う。
中学校に入る頃には親友と呼べる 友人も複数でき、サッカーと遊びに没頭した。
学習塾に行かせてもらえたため成績も良く、父親になにかを言われたことはほとんどない。ただ唯一、他人に迷惑はかけるなとだけ言われて育った。
家では比較的おとなしかった(というよりはほとんど話さなかった)僕だが、外ではヤンチャな友人もおり、夜遅くに外を歩き回ることもしばしばだった。やることさえやっていれば、何をしてもいいと考えていた。高校に入ってもその生活はほとんど変わらず、高校2年間は、授業中は睡眠、放課後はサッカー、帰ってからは遊びという生活が続いた。
高校3年の春にサッカーを引退してからは、大学入学に向け、受験勉強をすることになる。ほとんど消去法で学部を選び、自分の学力に相当する大学に進学することになった。