こんにちわ、内澤です。
幸せの反対ってなんだろう。幸せの反対は不幸せなのかな?でも、中々しっくりこない、そんなことはありませんか?言葉で言うとそうなることも、もっと深く考えると、違うものが見えてくることがあります。
別にそんなの問題じゃないって思うかもしれません。でも、この話からすれば「じゃあ不幸にならなければいいんだ」という考えになるかもしれまない、じゃあ、そのためにどんなことをするでしょう。
不幸にならないためには、もっとしっかり仕事をしたり、もっとしっかり勉強をしたり、もっと時間をちゃんと使おうという考えになるかもしれません。じゃあ、そうした過ごし方で本当に幸せになれるでしょうか?
もっとお金を稼げば幸せになれる、もっと勉強をして良い学校にいけば幸せになれる、もっとちゃんと時間を使えば幸せになれる、、、本当にそうでしょうか?なぜ、こんなところを考えるかというと、幸せは頭で考えるものではなく、心で感じるものだからです。
そして、心で感じるものと頭で考えることは違っていることがあります。たとえば「あ、あそこのラーメンが食べたい!」と心が動いたとします。でもそこで「いやぁあそこは高いからな」とか「あそこよりそっちのほうが美味しいからな」と、頭で考えたとします。
すると、頭で考えた方に行くほうが美味しいラーメンが食べれそうですが、どうですか?実際に経験したことがある人は分かると思いますが、あまり変わらない、もしくは最初に行こうと決めていたほうが良かったことはありませんか?
恋人選びも、頭で考えて選びたくないと思います。やはり、パッと見た時や、一緒にいるうちに心が惹かれるのではないでしょうか?でもそこで、相手の年収や外見といった、周りの目が気になることを頭で考えだしたら、その人を選ばないかもしれません。
そのような心が惹かれる何かは、それだけ心が満たされる可能性があるものです。たとえそれが良い結果にならないように思えることでも、幸せのカギが眠っているかもしれません。誰でもお菓子を食べると健康に悪いのは分かっているのに食べてしまうのは、僕だけじゃないはず。。。
「これ食べたい!」と心が惹かれるから食べてしまう。昔、健康のためにと思って1年ぐらい野菜だけ食べる生活をしたことがあったのですが、それがどうなったかというと、もうお菓子を食べるか食べないかで、1時間考え続けるような状態にまでなりました(汗)
これはバランスが悪いですよね(その時の自分では中々気付けません)しかも、野菜だけの生活は、どれだけポジティブに考えようとしても心が満たされない感覚が続きました。
それだけ頭で考えて、食べるのを我慢しようとしても、気持ちの力が強いということ、そして、これ食べたいと思った時にそれ以外のものを食べようとしても、心が満たされないということを体験しました。
もちろんだからといって何でも食べていいというわけではありません。健康についてはバランスが幸せのカギになると思います。食べ過ぎて病気がちでも心が満たされない、食べなさ過ぎて楽しめないのも心が満たされない。
これは、健康だけじゃなくどんなことにもいえると思います。頭で考えるより心で感じる。特に「効率」という言葉には気をつけたいものです。不幸にならないために効率を高めることが、実は幸せという「効果」を弱める原因になっているかもしれません。