ある日の英会話クラスでのお題は「君のモットーは何か」であった。

モットーとは「心がけている目標や行動の方針」を言うのだが、所詮英会話の練習ネタなのだから、座右の銘とか好きな言葉なんかでいいのである。

これといって特別にモットーなどない私。
とっさに浮かんだのはシスター渡辺和子のエッセイに度々登場する「置かれた場所で咲きなさい」だ。
これはシスターがアメリカ人の上司から言われた言葉で、ある英詩の一節を抜粋したもの。
もちろん原詩などは憶えていないので、稚拙な私の英語力で必死に訳す。
中学生英語に毛が生えた程度の英語力。特に文法はひどいもので、公共の電波に乗せたとあっては末代までの恥なので、ここには記さない。ま、講師には通じたからいいのである。

クラスメートのモットーは「足るを知る」。
仕事に遊びに貪欲な彼女にしてはだいぶイメージが違うが、これもまたいい言葉である。
彼女も必死に訳して、結果講師が置き換えた英文は
「Be happy with what you have.」
英語に直すとなんとなくテイストが軽くなる感じもまた良し、である。

そして、悲観論者の私には「心配事の半分は起きない」も、おまじないの言葉だ。
これも必死に訳す。
懸命さは伝わるもので、どうにかこうにか講師は理解してくれた。(というか、在日期間の長い彼はだいたい日本語や日本人の超ブロークン・イングリッシュに慣れているんだな)
加えて「解る解る〜、実は僕もネガティブな人間なんだよ」と共感までしてくれる。

「じゃあ、そんなあなたのモットーは何なのさ」と聞くと、
彼の答えは「Prepare for the worst,hope for the best.」
直訳すれば「最悪に備えておいて、最善を期待する」なのだが、ニュアンスは伝わるものの、どうも日本語としてしっくりこない。
つくづく日本語と外国語は完全には置き換えられないと痛感する。

そんな時分に読んでいたのがこの本。
東大首席、ハーバード・ロースクール卒業という最強無敵の経歴を誇る才女が書いた「挫折と恥の記録」である。
彼女もそうとうネガティブ気質らしいのだが、その中にこんな一文があった。

「でも、失敗が怖くて怖くて仕方がなくても、それが終わって振り返ってみると、想像よりひどかったことはあまりない。何か小さな失敗をしたとしても、考えていたような最悪な状況よりは全然マシ。そこがポイントです。ひどい想像ばかりしておけば、「想像していたよりマシ」と思えるのは利点です。」(山口真由著「挫折からのキャリア論」日経PB)

こういうことよね。
さすがに講師が言うところの「最悪に備える」というのは、最悪のシナリオを想像してビクビクしていることではないだろうけど。
勉強や貯金や練習や、いろいろな備えがあるが、結局、何か心配事の結果が出た時に「あぁ、思ったより大したことなくて良かった」と思えればいいのだ。
となれば、人一倍たくましいネガティブ想像力も備えの一つだ。悪くない。…いや、辛いだろ。

できればかの有名なレゲエ歌手の名言
「Don't  worry, Be happy」でいきたいものである。