プライド高いとかいて、
足枷の数、と読もう。
プライドて自尊心と聞こえよく
呼ばれたりするけれど
「あの人プライド高いよね?」と、
えらくやっかいな存在として
扱われるのは何故だろう。
プライドが傷つくことによって、
慌てふためく理由は
プライドを刺激する引き金が、
自分の存在価値と繋がってるから?
容姿、稼ぎ、仕事の内容、地位
学歴、家柄、宗教観、信念、人気、関心
それが、他人から刺激されると
自らの心の浮き沈み、
自分の存在価値と紐づく。
引き金となる価値観こそ、
「プライド」の本体?
≠自尊心
そしてまあまあな、
自由の足枷なのかもしれない。
負けたくないものに、
バカにされたくないものに、
曲げたくないものに、
いざ、全面降伏、笑
それは本来、
その人の存在価値を脅かすものではないから。
真の自尊心≠プライド
そして足枷なんだもの、手放せば自由
