私の人生は波瀾万丈です。
まとめるなら人生のテーマは「つながり」かと思います。
よかったら読んでください!
<いじめ、深く繋がる恐れのある子供時代>
幼少期は、言語障害があるんじゃないかと医者に疑われたぐらい幼稚園5歳児になるまで、しゃべれなかったし、1人でトイレもできなかった。
なので、幼稚園からいじめを受けていた記憶があります。小学生のときも中学生のときも、いじられるぐらいで済んだけど、一歩壁をつくっていて、どこのグループにも所属しないけど、どこでも入れる。
そんな広く浅くの友好関係で育ちました。
高校時代には、本音が言えない人になっていました。
部活動で事件が起きます。
中学生のときに、陸上部でガチで練習して、疲れてしまいもう絶対に陸上部には入らないて決めていたのに、高校で仲良くなった先輩がバンドやりながら陸上部やっててかっこよかったこと。
陸上部が10人ぐらいのコミュニティみたいなゆるい部活だったから、入ってゆるくやっていたんですが、先輩達が引退し、自分は何と副部長に任命。
あのときは、やる気がなかった。
しかも、卒業した後、ガチ練習をみんながしていて、
でも中学のときにどんなに頑張っても結果が出なかった現実を見てしまっているから、自分はどうもモチベーションがあがらず、気付いたらネットに部活の悪口を淡々と書くようになっていた。
ある日、それがバレて、村八分みたいな仕打ちにあり、今のところ人生で一番の苦痛、奴隷になった気分の部活動を過ごし、ますます壁を作ってしまうようになりました。
<主体性を磨いた大学生活>
悲惨な高校生活を送っていたので、大学入学したらエンジョイするぞと決めていました。
振り返れば、親の言いなりになって大学まできたけど、
大学に入学してからは、自分の意思でやりたいことやアルバイト、遊び、そして進路など決めるようになっていました
「変わる」って覚悟を持ってたので、友達はたくさんできました。
大学生の間にバイトも10個以上経験。
主に働いたのは「かに道楽」
あとはサブ的な感じで様々なバイトをしました。
大学入ってからは、ギターを弾けるようにし、バンドもやったり、旅行やレジャー施設にも積極的に行ったり
とにかく自分の意志で楽しみました。
<部屋を片付けてから、人間関係が変わった>
大学3年時、就活を意識し、就活を始めるなか、やりたいことが見つからなくて悩んでいました。
もう一生大学生活を送りたい。就職したくない。
と思っていました。
友達といつものように遊んで帰っているとき、たまたま立ち寄った本屋さんで、「部屋を片付ければ人生が変わる」と書いてあるメッセージ性の強い、本と出会いました。
私は、子供の頃から片付けが大の苦手で、部屋はぐちゃぐちゃだったのですが
「部屋にあるものは過去に買ったもの。これを捨てられないのは過去に執着している。または自分が何を優先的に大切にしたいのかをわかっていない。だから残すもの、捨てるものを見極められない。」
もしかして、これが原因で「夢ができないのでは?」と思うようになっていました。
部屋がきれいになったら、当日お付き合いをしていた彼女を呼ぶと決めて、1ヶ月くらい掛けて、毎日こつこつと片付けるようになりました。
そしたら見る見るうちに片付いて、新しい家具を買ったことが生き甲斐に感じるようになり、家具家電に関わるお仕事がしたいと思ったのです。
そして、インターシップを探していたとき、大学の友達から誘われたアチーブメントのインターシップに参加することになり、そこで大学以外の知り合いが増え、起業を志している人たちと出会い、刺激を受け、俺もいつか絶対起業するぞ!と思いました。
ただ、自分には実力がなさすぎたため、起業での成功は営業力が不可欠ととあるセミナーで学び、
まずは営業力をつけようと思い、家電メーカーの営業職に就職することになりました。
<3年間副業しつづけて独立>
入社式のあと、当時付き合っていた彼女が1個上でネットワークビジネスを一足早くやっていたので、私も不労所得が欲しいと早速登録をし、副業を始めました。
速攻で稼げると思っていましたが、現実はうまくいかず、1円もかせげず、ネットビジネスの学校に30万円かけて入塾しても稼げませんでした。
そして、あまりにも投資だけして行動しない結果でない俺を見かねて、彼女に振られてしまいました。
そもそも結婚したくて資金がほしい、時間が欲しいからお金を稼ごうとしたのに、正直ショックでした。
そしてその4ヶ月後には、別の人と結婚したことを、友人から「結婚したんだね!結婚おめでとう!」と間違えて送ってきたことで知りました。
ショックでした。
劣等感の塊になりました。
もう誰かの仕組みに頼らず、自分の力で稼ぎたいと思い、当時片付けできなかったけど、片付けできたことで人生が変わったストーリーを元に、整理収納コンサルタントとして1年以上副業、そこから副業コンサルで稼ぎ、さらには繋がりが増え、コミュニティをつくったら3週間でメンバーが100人を越え、副業を始めてからリア友が1500人を越え
ネットで集客しているカフェ会を週1で1年半以上現在も継続し200人以上と繋がり
紹介で稼ぎと過去最大でお金を稼げていました。
※このころくらいに紹介が天性の才能と気づきます。
※整理整頓はコンサルしてたけど本当は苦手。でも世の中に必要だから頑張っていました。
その絶頂期に、とある女性と出会いました。
その人と付き合ってからは、日々向き合い、喧嘩し、エネルギーをそっち優先するようになりました。
それでも稼げてはいたから、大丈夫。
会社を辞めても大丈夫。
と無理矢理思うようにしていたけど、辞める決心はつかなかった。
そんなある日、吉武大輔さん、だいちゃんのセミナーに紹介で参加し、人生が変わりました。
「99%は聞き流し、1%は行動してください」と言われ、直感で彼のような生き方、在り方に憧れ、その次の日に会社に辞表を出しました。
<独立後は不労所得で時間を持て余すような楽な暮らし>
独立する際、安定した収入源が欲しいと思い、資産運用を始めました。
とある会社に420万円ほど借金してつぎ込み、毎月20万円の配当を5年間受けられ、10万×5年で借金を返済。
さらにはそのビジネスを紹介することで固定毎月10万は入っていたので、何もしなくても20万円は毎月入り、そこから整理収納や副業のコンサル、フル込みの営業をしていたので、時間が有り余りました。
週に2〜3回働いて、あとは暇で月1は旅行する生活です。
遊ぶ時間がもっと欲しいと思いました。
ちょうどこのタイミングでシェアハウス運営にも興味を持ち、将来はシェアハウス運営をしたい学ぼうと思い、今の東高円寺の家に棟のリーダーとして住むことになりました。
<資産運用ビジネスが飛び、お金に困る生活に>
借金までした投資。
5年間入りつづけると言われていたのに、年末頃から動きがおかしくなり、今年の1月からついに1円も入らなくなりました。
それを察し、昨年末に50万円ほどクレジットカードで投資しビットコインに手を出しましたが、それも1月で飛びました。
ただ、借金は消えません。
毎月のランニングコストは40万円を越えさらには勉強代があったり、ビットコイン投資したり遊んでいたので、
2月の間、収入20万に対し、支払いが60〜70万くらいあり、人からお金を借りたり、返す時期を遅らせたりして必死でした。
そんな死にそうな時期に関さんと再会し、今のお仕事を紹介してくれて、なんとか生き延びることができています。
<独立して1年390万円の借金を返済するために頑張る日々>
3月で限界を迎え、4月に弁護士に相談し、今は任意整理の真っ最中。
これから5年間かけて借金を返済することになりました。
ただそれを2018年末には返しきる予定で動いています。
そのお金を作る借金返済プロジェクトを関さんのお力で発足し、まさに今チャレンジしているところです。
決して楽して稼ぐのではなく、自分の力を磨くことで稼げるようになるやり方です。
私はお金と誠実に向き合い、自分と信頼できる繋がりを持って、この人生を楽しんでいきます。
読んでいただき、ありがとうございました!!
