6年前の、6月13日は

梅雨の晴れ間で
ピカピカの快晴☀️

6月1日からの在宅ケアで

この時を逃すと
帰れなくなるからと
いったん退院してました

娘は、2人の子供達に

せめてもの願いで、朝の
 行ってらっしゃいと
帰宅時の
  お帰りなさいを
言ってあげたいと‥


長年の会社勤めで
朝も慌ただしく送り

子供の帰りの方が早く
鍵っ子だった子供達に

「お帰りなさい」と

迎えてあげる事が
 叶いました‥

この日、私は娘に

病院に書類が出来てるか
確認して来て欲しいと
頼まれて

午後の強い日差しの中

病院へ行き用事を済ませ
帰ろうと思った時

在宅ケアの主治医から
電話が入りました

電話の内容に‥

病院の待合ロビーで
思わず立ち止まり

一瞬周りの風景が
目に入らなくなって‥

頭の中が
真っ白になって
動く事が
出来ませんでした



告げられた言葉は
娘の命のカウントが
始まったと‥

「家では、話せなくて
 お電話しました‥
確かな日にちは言えませんが
 今の状態だと、
 今月いっぱいです‥」

「もう‥
 そんな状態なんですか‥」

あの日の主治医と
私の会話です‥

 その後は、
言葉にならなかった‥

どうやって駐車場まで
歩いて行ったのかも
覚えていません

この後、娘の所に戻り
書類の話をするのに
どんな顔をして
会ったらいいのだろうか‥

家に着くまでの間
頭の中を色んな思いが
交差して‥
これは夢じゃないのか
自問自答してました

帰宅して
書類の話をしながらも
娘の顔をまともに
見ることが
出来ませんでした‥

そして‥月末の30日
娘は旅立ちました‥

今年は
あの日と同じカレンダー
 いろんな思いが
  走馬灯の様に
   私の心の中を
 駆け巡ってます




(何時も娘が来てた服

 今でも抱きしめると

 娘の香りがします‥)