【朝霞市】溝沼氷川神社 | ぼっちあるき

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歩きながら考えてみた

黒目川に架かる東林橋から、南東へ続く古道を歩きます。

 

 

道が行き当たった丁字路に、常夜燈と祠がありました。辛うじて遺されたって感じの立地ですね。何が祀られているんだろう。車の往来に注意しつつ、正面に回り込んでみますね。

 

 

コンパクトながら鳥居も手水鉢もあり、左手には立派な庚申塔が二基もあります。祠の中を覗いても御幣があるだけで、祭神は分かりません。ただ、常夜燈に石尊(せきそん)大権現の文字が刻まれていたので、明治期に神仏分離で廃された石尊権現で間違いないでしょう。

 

石尊権現は大山の山岳信仰と修験道が習合した神で、本地仏は十一面観音です。江戸期に爆発的なブームとなった大山詣。その大山の山頂にあった磐座(いわくら)が聖地となり、石尊権現として祀られ、大山寺の本宮(石尊社)となりました。

 

明治政府って結構無茶苦茶な(大胆な)政策を行っていますが、廃仏毀釈って仏教を根本から否定するものなので、江戸期の隠れキリシタンじゃないけど、徹底するのは難しかったのでしょうね。

 

時折こうして遺されたものを見かける度に、物は壊せても信仰をなくすことなんてできないよなぁと感じています。今は信教の自由(憲法20条)が保障されていますけど、国じゃなくて一神教の信者が神社やお寺を荒らしたりしていて、なんとも困った状況だったりしますね。

 

 

丁字路を右(西)へ曲がっていくと、溝沼氷川神社があります。鳥居は南向きに建てられており、参道が直角に道路へと続いています。こういうのを見ると、武蔵一之宮である大宮の氷川神社の参道(直線が2km続く)が、いかに凄いかが分かりますね。

 

 

境内にずらっと並ぶ石像の中に、三猿の庚申塔がありました。左隣には力石もあります。お地蔵さんや観音様は分かりやすいけど、神社にある石像って、一見それが何なのかが分からないことってありますよね。

 

 

例えばこれ。日月は分かるけど、この山は富士山なんだろうかとか、下の浮彫は飛天なんだろうかとか、そもそもこれは何を祀るものなんだろうかとか。判別可能な文字が刻まれていれば、まだ解明の手掛かりが得られるんですけど、これはちょっとギブアップです。

 

 

これって何の木だか分かりますか。僕は初めて見ましたが、これがコブシの木なんですね。コブシって単語自体、「北国の春」という歌でしか耳にしたことがありません。ましてや花が咲いているなんて、本当に初体験です。なんかちょっと感動しました。

 

次回も庚申塔を求めて、溝沼を彷徨い歩きます。それではまた!