【国分寺市】姿見の池 | ぼっちあるき

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歩きながら考えてみた

姿見の池に来ています。

 

 

周囲の木々が水面に映っています。これなら確かに覗き込めば姿見になりますね。遠くに鴨が池の淵で寛いでいるのが見えます。散歩の友(と勝手に呼んでいる)が戻ってくる季節になりました。これから木枯らしが吹いて空気が乾燥し、その代わりに澄み切った青空と星空が見られるようになります。

 

朝の通勤は辛い時期になるけど、日中の陽射しには温もりを感じられる。でも陽が落ちると、厳しい寒さに晒されて体は緊張する。緊張した体は温もりを求める。そうして人恋しくなる。直接的な体の接触はもちろん、「傍にいる」というだけでも得られる温もりを求めるようになる。(BGM♪そばにいるね/青山テルマ)

 

そんな冬に、肩をすぼめて野を歩く。風に晒され、生き物の気配も僅かになった地を歩く。落葉した木々に生命力を感じ、地軸の僅かな傾きが及ぼす影響を知る。凍った水に、生命の奇跡を想う。冬は地上の動植物に知恵をもたらす。そして、人間に孤独の意味を教えてくれる。

 

 

このイラストがNIPPONだよなぁ。もうニッポン以外あり得ない。国民にアニメ絵が根付いています。重忠と恋仲になった夙妻太夫は、横恋慕した男に「重忠が平家討伐の際に討ち死にした」と嘘を吐かれ、それを信じてこの池に身投げしたと伝わっています。

 

このイラストは、律令制が整った七世紀頃に出来た東山道について解説しています。五畿七道という行政区画内の国府(武蔵国は府中)を結ぶ道が、この地にあったことを伝えています。姿見の池は高度成長期に埋め立てられてしまったのですが、後に復元されたものです。

 

 

こちらは恋ヶ窪用水です。これも復元されています。江戸期には玉川用水から恋ヶ窪村分水が流れ、この地を潤していました。

 

 

用水路に沿って歩いていたら、にゃんこに遭遇。あまり人に慣れていないようで、凄く警戒しています。散歩中ににゃんこに出逢うとホッとします。たぶん地球環境って、猫がいなくなったら終わりだと思うんです。その原因が気候になるのか、人間の飢餓になるのかは、あまり想像したくありません。

 

 

なんか木がサランラップに巻かれたようになってますね。幹の一部が枯れているようで、その調査中と書かれています。原因が昆虫なのか微生物なのかは分からないけど、植物って移動できないから運命(さだめ)に従うしかないんですよね。その原因が人間ではないことを祈るしかありません。

 

次回はお寺に立ち寄ります。それではまた!