【新宿区】須賀町 | ぼっちあるき

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歩きながら考えてみた

JR信濃町駅から、外苑東通りを北へ歩いています。

 

 

左門町の交差点を東へ曲がると、多くの寺社が並ぶ路地に入ります。写真は途中にある闇坂。南側へ下っていく坂ですが、夜になると奈落へ落ちていくような急坂です。

 

この辺りは淀橋台と呼ばれる武蔵野台地上にあり、坂の多い場所です。地盤が安定しているので、関東大震災の時にも、比較的被害が少なかった場所でもあります。それが、今日の新宿の発展をもたらしたとも言えます。

 

 

さらに歩いて行くと、戒行寺の前から急激に道が下ります。この戒行寺坂の先は、戒行寺谷と呼ばれていました。坂の途中にあった豆腐屋の油揚が評判だったことから、油揚坂とも呼ばれていたそうです。

 

 

戒行寺の向かいにある宗福寺の境内に、庚申塔がありました。「言わ猿」が消えかかっていますが、三猿の庚申塔です。この一角は、江戸時代からそのままな感じがします。

 

 

戒行寺坂を下りた所から北へ上ると、道が左右に分かれます。右側が観音坂で、かつてはこの辺りまで海だったそうです。

 

 

観音坂を上り、西念寺の境内に入ると、服部半蔵の墓所があります。また、西念寺の本堂には、三方ヶ原の戦いでの戦功により、家康から拝領されたと伝わる槍が残されています。槍は、残念ながら空襲で一部焼失しています。忍者が好きなアメリカ人には、是非知っておいて欲しいエピソードです。

 

服部半蔵の名は代々継承されており、一般によく知られているのは、二代目の服部正成です。初代の保長は伊賀忍者ですが、正成は忍びではなく武将で、本田忠勝や榊原康政らと並ぶ徳川十六神将の一人です。

 

 

さて、次回は須賀神社に向かうのですが、案内にハングルは違和感があります。電車の行先案内もそうですが、地名は固有名詞なので、インバウンド向けには英語表記だけで十分かと思います。

 

ちょっとモヤモヤしつつ、それではまた!