蝉の鳴き声が耳を癒し、太陽の日差しが全身を優しく包む。


自然の中を通り抜けてきた風に髪を撫でられると、僕は目を細めて抜けるような青い空を仰いだ。


中学2年の夏。


僕は夏休みを利用して父方の田舎に遊びに来ていた。


車で数時間かけて辿り着いたその町は、僕の住んでいる街とはまるで別世界だった。


久しぶりに会った祖父と祖母は僕の顔を見るなり、「大きくなったねぇ。よく来てくれた。何もないところだけどゆっくりしていってなぁ。」と歓迎してくれた。


両親が荷物を運びいれている間、手持無沙汰になった僕は「ちょっとそこらへん散歩してきていい?」と聞いてみた。


「いいけど、あまり遠くにいくなよ?迷子になってもしらないぞ。」汗を拭いながら笑って父はそう言った。


たぶん僕は普段触れることのない、この大自然に興奮していたんだと思う。


許可を得ると、居てもたってもいられず駆け足で出発していた。


あてもなくうろうろしていると、すぐに川を発見した。


信じられないほど綺麗に透き通った水。


試しに手ですくってみると驚くほど冷たい。


なぜかわからなかったが、無性に嬉しくなって声をあげて笑った。


川沿いに歩いていってみよう。


そう決めた僕はそこらに落ちていた木の枝を拾い、それを振り回しながらぷらぷらと歩きだした。


太陽に照らされた水面はキラキラと輝き、輝きながら流れる水に僕の目は奪われていた。


しばらくそうやって水面を眺めながら歩いていると、川辺にぽつんと座る人影が見えてきた。


少し警戒しながら歩みを緩める。


距離が近づくと、僕とそう変わらないくらいの歳の女の子だと確認することができた。


挨拶くらいしたほうがいいかな?


声をかけようかかけまいか思案していると、僕の存在に気付いた彼女の方が声をかけてきた。


「こんにちわ。」


にっこりと笑って挨拶をしてきた彼女に僕は一瞬見惚れてしまった。


「・・・あ、こんにちわ。」


「私は春風瑞希。あなたは?ここらへんで見たことないけど・・・」


「僕は夏野陽太。夏休みだからじいちゃんちに遊びに来たんだ。」


「あぁ!なるほどね。」


「君はここら辺に住んでるの?」


「うん。そうだよ。すっごい田舎でしょ、ここって。
やることなくてね。暑いからいつもこの川で涼んでるの。」


えへへと少し恥ずかしそうにはにかんでそう言った彼女を見て何故か少し胸がドキドキした。


「えっと。僕も隣に座って涼んでってもいいかな?」


なけなしの勇気を振り絞って聞いてみる。


「もちろん!一人で退屈だったから嬉しい!」


僕は内心ほっとしながらゆっくりと隣に腰をおろした。


「この川すっごく冷たいんだね。驚いちゃったよ。」


「そう?普通じゃないの?ここの川しか知らないからわからないわ。
陽太くんはどこから来たの?」


「僕は東京の方から。」


「東京かぁ!行ったことないなぁ。やっぱりすごい都会なの?」


「そうだね。でもビルとか車とかいっぱいで、なんだか息苦しい気がする。
だからここに着いた時ほんとに感動したんだ。」


「感動?ふふっ、変なの!」


「笑わないでよ。だって、なんか太陽も風も空気も・・・優しいんだよね。
暑いのに暑くないっていうか・・・気持いいんだ。」


「よくわかんないよ、それ。」


彼女は楽しそうにクスクス笑っていた。


僕もなんだか楽しくて時間を忘れておしゃべりした。


どんどん打ち解けていき、最後は二人で川の中に入り水遊びしていた。


気付いたときには太陽が傾き始めており、「そろそろ帰らなきゃ。」と僕は名残惜しくも切り出していた。


「そうだね。陽太くん帰り道わかる?送っていこうか?」


「あ、うん。興奮してどんどん歩いてきちゃったから帰り道が不安だったんだよね。」


「そんなことだろうと思った。」


また可笑しそうに笑う彼女。


「じゃあいこっか。」


そう言って先に歩きだした。


彼女の背中を追うように僕も歩きだす。


彼女の纏っていた白いワンピースは先ほどの水遊びで少し濡れていた。


太陽に照らされ、ワンピースが透ける。


彼女のほっそりとしたシルエットが浮かび上がり、背中には見てはいけないものが透けて見えてしまっていた。


僕の心臓は跳ね上がり、顔が真っ赤に火照った。


自分への嫌悪感と彼女に対する罪悪感で、大げさに顔を彼女の背中から背け俯いた。


彼女はそんなこと気付きもせず綺麗な声で何か歌を口ずさみながら、変わらず先を歩いていた。


僕はできるだけゆっくり歩いて二人でいる時間を長くしたいなと思っていたが、高鳴る心臓はどうやら時間を早く進めたようだった。


あっという間にじいちゃんちに着いてしまった。



「あ、ありがとう!送ってくれて・・・。」


「どういたしまして。それじゃ。」


にっこりと笑って軽く手を振った後、踵を返した彼女に僕はたまらず「あのさ!」と声をかけていた。


「うん?」振り返り不思議そうな顔をした彼女。


「あの・・・さ。僕まだ何日かここにいるんだ。
明日も・・・明日もまた会えるかな?」


顔はきっと真っ赤になっていた。


でもきっと逆光で彼女から僕の顔は見えない。


僕からは彼女の顔がはっきりと見える。


「・・・うん、私も会いたい。」


西に傾いた太陽のせいだろうか。


彼女の頬が・・・茜色に染まって見えた。