「なあ、優希。」
台所へごはんが炊けたかどうか見に行った後、部屋に戻った僕は優希に声をかけた。
「んー?」
相変わらずテレビの画面から目を話すことなく気の無い返事を返す優希。
「明日さ。パパと二人でお出かけしない?」
「え?おでかけ?」
おでかけという単語にピクッと反応した優希は僕の方に素早く顔を向けた。
しかしDVDも良い所らしく、すぐにまたテレビに向きなおる。
「そうそう。ママ、おばあちゃんの所に行かなきゃならなくて忙しいだろ?優希が最近遊びに行けてないっていうからさ。パパと遊びにいこーよ。」
「うん!いくいくー!」
僕の方を向いたと思ったらまたテレビを見て、テレビを見たと思ったらまた僕の方を向いて。
きょろきょろしている優希がとても可笑しくて思わず笑みがこぼれた。
「よし、じゃ約束な。」
さて。何処へ行こうか。
優希が一枚目のDVDを見終わったので、次のDVDに変えてやりながら思案する。
そうだ。あそこへ行こう。
美沙と付き合っていた頃、一度だけ行ったあの綺麗な橋を見に行こう。
お隣の県になってしまうが、ここからなら車で一時間ちょっとで行けたはずだ。
ぼやけてしまっていた記憶を懸命に引き出し、一目見ただけで心奪われたあの橋の景観を思い出す。
美沙と二人でみた時、なんだかすごく高揚し、意気揚々と手を繋いであの橋を渡ったのを覚えている。
確か日本三大橋のひとつに数えられていたはずだ。
晴れるといいな。
優希が生まれる前に美沙と訪れた思い出の場所に、優希と二人で行く。なんだかそれだけで不思議と心躍った。
こんな時に不謹慎だ、と思ったが明日が少し楽しみになった。
炊飯器がピーっとごはんの炊けた合図を発した、と同時に玄関のドアが開く音と共に「ただいまー」という声が家に響いた。
「ママとさやかちゃん帰って来た!」
優希はそう言ってパッと立ち上がると玄関まで駆けて行った。
僕も優希の後を追い、玄関まで出迎えに行くと、「おかえり。」と二人に声をかけた。
「ごはん食べれた?」
靴を脱ぎながら美沙が僕にそう聞く。
僕は「ちょうど今炊けたよ。」と苦笑した。
「え!?うそ、ごはん炊けてなかった!?」
僕は笑いながら首を縦に振った。
「ごめーん!スイッチ押したと思ったんだけどなぁ。
ごめんねー優希。お腹へっちゃったでしょう。
すぐ用意するね。」
優希の頭をポンポンと撫でた後、あたふたと台所に向かって行く美沙。
後ろ姿を見送りながらどこかほっとした。
「ごめんなさい。お姉ちゃん相変わらず・・・だなぁ。
私も確認しとけばよかった。」
彩香ちゃんが困ったような笑いを浮かべながら詫びてきた。
「いやいや、大丈夫だよ。優希もDVDに夢中だったからお腹減ってることなんて忘れてたよ。きっと。」
僕はこんなことで気に病む必要はないよと言うように彼女をフォローした。
居間に戻り腰をおろすと、僕は彩香ちゃんに「お義母さん、どうだった?」と義母の容体を尋ねた。
「・・・とりあえず大きな変化はなかったです。相変わらず・・・あまり良くない状態です。」
視線は合わさず、机の上を片付けながら僕の質問にそう答えた。
「・・・そっか。」
そうだ、彩香ちゃんは自分を責めてしまってるんだった。
何か・・・何か励ましてあげたかったが、カミさんのケアすらできていない僕が彼女の心をすこしでも軽くすることなんてできるはずもない。
僕の相槌に何かを察した彩香ちゃんは美沙のいる台所へと消えた。
まただ。結局僕は逃げる事しかしていない。
傷つけるのも傷つくのも恐いから、ただ黙ることしかできない。最低だな、ほんと。
カレーが運ばれてくるとその香りに刺激された僕のお腹は一度大きな音をたてた。
さすがに腹が減っていた。
いただきます。と僕と優希が同時に言うと、一心不乱に食べ始めた。
半分ほど一気に食べた所で一息つく。
「あれ?そう言えば二人はごはんたべたの?」
美沙と彩香ちゃんにそう尋ねる。
「んー、食欲ないんだよね。」
優希の食べこぼしを綺麗にしてあげながら美沙は気の無い返事をした。
「そうかもしれないけど・・・。おまえらが倒れちゃったら洒落にならんからしっかり食べんと・・・。」
「そうなんだけどね。でもまぁずっと食べてないわけじゃないから大丈夫。お昼はちゃんと食べたし。」
美沙の答えに納得することはできなかったが、ここで食い下がっても仕方ないので僕は再びカレーを口に運び始めた。
あっという間にカレーをたいらげた僕は、明日のことを美沙に話した。
「あ、そうそう。明日優希と錦帯橋に行こうと思って。」
「おー。いいんじゃない?優希もいい気分転換になりそうだし。」
「だろ?あそこってここから1時間ちょっとで行けたよね?」
「うんうん。道が混んでなければ。まぁ観光シーズンってわけでもないから大丈夫でしょ。
うちは朝から彩香と病院行っちゃうから、一台車使っていいよ。」
「何時くらいに行くん?」
「面会が朝は8時からだから、7時半くらいにはでるよ。お父さんも夜勤でそれくらいに帰ってくるから、一緒に行っちゃうと思う。」
「そっか。じゃあ俺らもそれくらいに一緒に出るよ。」
「そう。わかった。
よし。じゃあ優希、お風呂入って寝ようかね。
明日はパパとお出かけいいねー!」
カレーをお腹いっぱい食べ、眠たげにぼーっとし始めていた優希に美沙は元気よく笑いかけた。
#7へ続く