1時間程練習をしたところで、一度休憩が入った。
新入生の中には他の部活動も見学したいという子達がいた為、半数以上がこの休憩を区切りとして、道場から立ち去って行った。
私は防具を外し、汗だくになっていた顔を洗いに、道場のすぐ脇にある洗面所まで歩いて行った。
途中ちらりと新入生達の方を見ると、宮崎冬馬が残っていることを確認することができた。
自然と小さい微笑みが浮かんでいたがすぐに顔を引き締め笑みを消した。
しかし、「葵。今何笑ってたの?新入生の方見てたよね?」と私と同じく顔を洗う目的で洗面所に歩いてきた同級生の女子部員、中野奈美がにやにやしながら声をかけてきた。
(・・・見られてたか。)
内心「しまった」と思ったが、表情を変えずに「別に。これだけ残れば十分かなって。」と奈美に答えた。
「ほー。先輩になるという優越感から来る笑顔だったかな?」
奈美は変わらず、にやにやしながらそんな事を言ってきたが、どうやら宮崎冬馬の事を察したわけではないようだったので安心することができた。
二人して並んで顔を洗う。
冷たい水が火照った顔に心地よく、奈美は「生き返ったー!」と大きな声をだす。
「4月の半ばだって言うのに今日は暑いもんね。水分摂って後半の練習に備えないと。」
私が奈美に向かってそう言うと、「そうだね。私飲み物取ってくる。葵のも取って来てあげるよ。」と飲み物の置いてある更衣室へと小走りで向かっていってしまった。
残された私は、休憩時間が終わるまで外の風にあたって涼もうと、道場の裏口まで行く事にした。
そういえば裏口の近くには新入生が座っていたなぁと若干行くのに気が引けたが、身体の火照りは顔を洗ったくらいでは治まらず、結局涼みたいという気持ちが勝利する事となった。
裏口へ向かうと、そこには新入生を取り巻くように、先輩部員や同級生の部員達が集まっていた。
(あぁよかった。気にする必要なかったな。)
私は無理に新入生に話し掛ける必要が無い事を知り、安堵する。
新入生の相手は興味を持っている人達にまかせ、私は開け放たれていた裏口の扉に背を預けるようにして腰かけた。
春特有の気持ちの良い風が、私の肩を少し過ぎるくらいの髪をなびかせる。
目を閉じて、その風を感じていると不意に「日向先輩。」と声をかけられた。
体を起こすのが億劫で、扉に寄りかかったまま目を薄く開けるとそこには少し距離を置いて宮崎冬馬が立っていた。
「どうしたの?」新入生を取り巻いていた部員達からどうやって抜け出してきたのか疑問に思ったが、練習による疲労と心地よい風のせいで私は考えることすら億劫になっていた。
「練習すごかったです。日向先輩も中学に入ってから剣道始めたんですか?」
「うん。そうだよ。見学の時に見た先輩の姿に憧れてね、入部したの。
・・・座ったら?」
隠すような入部動機でもなかったので、話しの種に彼に喋り、立ったままでいた彼に座るよう促した。
「ありがとうございます。
・・・失礼します。」
律義に挨拶をして座る宮崎冬馬。
(本当にきちんとした子だなぁ。去年の私はこんなに礼儀正しくなかったよなぁ絶対。)
ぼんやりとした頭でそんなことを思っていると、彼は話しを続けてきた。
「僕も今日の練習を見て先輩方に憧れました。
1年練習すれば、日向先輩のように上手になれるんですね。」
私の事を持ち上げようとしているわけではなく、純粋にそう思ってるんだろうなと見て取れたので、あははと笑いながら、「私はそんなに上手くないわ。試合でもレギュラーじゃないし。」と彼に教えてあげた。
「そうなんですか。
でも・・・なんだか綺麗でした。日向先輩の竹刀を振う姿が。」
恥ずかしいことを言ってしまったことに、口を開いた後に気付いたのだろう。
言い終わってから顔を真っ赤にして、「ごめんなさい。」と俯いてしまった。
その様子が可笑しくて、プッと笑いながら私は感謝の意を彼に伝える事にした。
「ありがとう。宮崎君。」
そう言われた彼は目を大きく開き、驚きの表情を浮かべた後、嬉しそうにしかし少し照れたような笑顔を浮かべた。
(きっと、名前を覚えられた事が嬉しかったんだな。)
確信はなかったが、なんとなくそう思わせる、そんな笑顔だった。
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