先日、猫(マンチカン)のミイちゃんが2歳になりました。
初めての猫育て、
日々、猫の勉強しながら
試行錯誤した日々でしたが…
ミイちゃんはとても健康です。
先日の血液検査で
中性脂肪が低いと言われましたが、
それ以外は全く問題ないとのこと。
よく遊び、よく甘え、よくおしゃべりする、賢い女の子になりました。
爪切りも歯磨きも
嫌がりつつも、ちゃんとさせてくれる有難い猫です。
さて、2025年7月5日問題がありました。
7月5日ではない、ということは知っていましたが、
せっかくなので、
明日が最後の日と思って、2025年7月4日を生きてみました。
その結果、一か月を経て大事なことが分かりました。
今日が地球最後の日と思って生きてみたらどうなったか?
2025年7月4日、
まず、
食べたいものを最後に食べよう!と思いました。
最後にこれだけは食べておきたい!というもの。
大好きなケーキ屋さんのケーキ、
大好きなコロッケ、、、
そして最後に観たい映画…
楽しみました。
お手製のマサラチャイティーもいつも通り。
正直なところ、
明日が最後の日、
と信じ切ることはできなかったと思いますが
。
それでも、それらしくやってみると
分かったことがありました。
最後にやりたいことを列挙していくと…
ふっと…
自分がこの世に生まれてきた理由が見えてきました。
私の今世での使命とは…
私がこの世でするべきことは…
私がこの世に生まれてきたわけは…
それは、
私を最高に幸せにすることでした。
目の前にある美しいものを美しいと感動し、
やってくる好いものを「ありがとう」と感謝して受け取り、
心底大好きなことに没頭し、
大切な存在と今を生きて、ともに笑う。
つまり、地球での生活を謳歌すること。
それが、私の使命でした。
険しい顔をして
誰かのために!と頑張ったり、
誰かを幸せにしようとしたり、
人やこの世を変えたり、
地球をよくしたり、
結果的にできたらいいけれど、
そのために生きることは
私にとっては違うようです。
なぜ苦しい生き方をしてきたかというと、
子どもの頃の生育環境に関わってくることが分かりました。
母親が宗教をしていて、
子どもの頃から信仰させられていました。
朝晩、拝まないと叩かれる。
毎月、隣県の宗教施設に高速道路で数時間かけて通っていました。
その宗教施設に集まる人の中には
神様に選ばれた人が「神柱」と呼ばれていました。
母と姉は”神柱”だとされていました。
(多分、二人とも今も信仰している)
今思えば、おそらく私は”神柱”ではなかったと思います。
だから扱いが変わってきたのかな?(笑)
その宗教施設では
「末法法滅が近いうちにやってくる」と云われていました。
それを防ぐために我々が立ち上がらなくてはならない!
人類を救わなくてはいけない!
という教えだったような気がします。
だから、いつも何か意味のあることをしなくてはいけないと思っていました。
自分を犠牲にしてでも
周囲を幸せにすること、地球をよくすることが正義だと思っていました。
そうすれば神様に褒められて認められると。
その宗教施設では将来の仕事を指定されました。
私は子どもの頃、
自分に自信がなく、考える力がありませんでした。
だから、その宗教施設の指示に従いました。
いつもいつも
目の前のことを必要以上に複雑に考えました。
何もないところから、深い意味を無理やり作り出そうとしました。
全ての些細なことを
有意義なもの、
意味のあるものに昇華しなければいけないと
目の前にあるものを最大限に生かさないといけないと
苦しい生き方をしてきたわけです。
だから美しいものを見てもいつも悲しかった。
でも実際は…
もっと簡単で良かった。
ただ、美しいと思うだけでいい。
ただ、ありがとうというだけでいい。
そんな過去を思い出すとともに、
誰かに決められたものではない、
自分の今世での本当の使命を思い出し、
心がかなり軽くなった、2025年7月5日でした。
ちなみに・・・
地球最後の日に
最後に会いに行きたいと思う人は
特にいませんでした。
最後に会いたい人は全員、傍にいたからです。
そのことも、自分の幸せを教えてくれました。
なーんだ、私はもう幸せだったのか、と。
おわり





