蕁麻疹で始まった皮膚科受診。
バスケのワールドカップ日韓戦に行った時の前後に始まったので…
もう一か月を超えたことになります。
蕁麻疹が
最もひどかった患部は既に終息していますが、
手とフェイスラインに少し残っていて
夕方になるとかゆくなることがあります。
現在も薬は6種類服用中です。
ついでに20年来の手の湿疹と合わせて治療することになり、
副作用が出る薬を飲み始めました。
この薬は飲む前と飲んだ後での副作用の実態を見るため、
服用前と服用後で採血する必要があります。
最初にアレルギー検査もしたので、
一か月に三回も採血しました💦。
幸い、採血が上手な看護師さんばかりで大惨事には至らずに済みました。
一か月以上、皮膚科に通っていて気づいたのは、
皮膚科は子どもの患者が多いということです。
いつも子供の絶叫が聞こえる。
待合室で待っている時も、
採血中も。
採血中に横の部屋から
シュワー!という音と共に、
「いやああああああああああーーーーーー!!!!!」
「ぎゃぁぁぁぁーーーーーーーーーー」と叫び声が聞こえてきて
自分が採血中であることを忘れることができました。
「拷問?」「焼き印?」と疑いたくなるほどの絶叫です。
皮膚科に行くと、本当の号泣が聞けますよ。
余談ですが、
最近の「号泣」の使い方は間違いだらけ。
ちょっと一粒二粒、涙を落しただけでは号泣と騒ぐ、
おバカなメディア。
絶叫の合間には、
「は~い、がんばろうねえ~」「もう少しだよお」
とのんびりしたドクターの声も聞こえてくる。
看護師さんによると
「窒素で焼いている」のだとか。
「ヤ・ク…(◎_◎;)?」
やっぱり、
火あぶりの刑が?
やはり、皮膚科では拷問が行われれている…もとい
大変な治療をしている子がいるのですね。
でも、そんな号泣を聴いていると、
周囲を信頼して、安心しているから思い切り泣けるんだよな、と思いました。
私が3歳の頃、
頭を切った時のことを思い出しました。
処置室で丸椅子に座らされた私。
処置室の窓、床を覚えています。
部屋の中には私と看護師さんだけ。
家族はいない。
看護師さんが大きな注射を頭に刺しました。
麻酔注射でしょうね。
顔面に刺す麻酔注射は、
太くて大きくて、もちろん激痛です。
なぜなら
その後の人生で3度、顔面に麻酔注射を経験したので良く知っているから。
(最近では、約3年前、眉毛の真下をザックリ切り、6針ほど縫いました。)
私は人生で合計4回、首から上を縫合してもらったことになります。
最初の縫合の時、
3歳の私はこう思ったのです。
怖かったけど、
「泣いてはだめ。
泣いたら、お母さんがこまる」
よく母に
「あんたは泣かない手のかからない赤ん坊だった」
「タオルケットに包んでおけば寝ていてくれる子だった」と言われました。
今思えば、
私は幼いころから
母を守ろうとしていたのだと思います。
しかし、
私の親は安心して頼れる存在ではなかった。
泣くと
「泣くな」と怒られ、
「何で泣いてんの?馬鹿ね~」とからかわれる。
だから思い切り安心して誰かの胸で泣いたことがない私は
誰かに思いきり甘えることができず、
感情を出さない人間になりました。
そんなタイミングの
昨日の声楽のレッスンで、
自分では感情を出しているつもりでも
「まったく出ていない」と声楽の先生に言われてしまい、
途方に暮れているところです。
そんな、感情を出せって言われても…
出さないと好きな歌が歌えないの…?
でもそんなことを強要される歌は好きではない…
あれ?
声楽、嫌いになりそう…。
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今回の皮膚科通いで
思い切り泣いている子を見ていると、
安心している私がいました。
「よかったね、
君は安心できるところにいるんだね」って。
正直言って、全く遠慮のない絶叫はうるさいのですが(笑)。
それでも
痛い時には「痛い」と言って泣く、
つらい時には「つらい」と言って泣く。
これは子どもの心の健全な成長にとって必要なこと。
うるさいことに変わりはないけれど(笑)。
私が痛かった時、
つらかった時、
悲しかった時、
してきたことは…
「泣く」ことではなく、
我慢だった。
耐えることだった。
そして、
涙は隠すものだった。
だから「助けて」と言えなかった。
他の方法、あったかもしれないのに。
助けてもらえたら、もっといい道を選んだかもしれないのに。
今も助けを求めることが苦手。
でも…
今日もこうして生きてる。
完璧でなくても。
破れかぶれでも。
それでも生きてる。
まさか皮膚科で「泣く子は育つ」の意味を理解するとは。
おわり



