新版(2023年5月発売)の変更点です。前回は、謝憐が戚容のことを振り返る場面まで紹介しました。緩い意訳です。
そこまで思い出した時、戚容は灯を供え終え、殿を出ようとしていました。ところが、後退りしているときに、誰かにぶつかったのです。戚容は誰かも見ずに罵ります。「賎民!俺様の道を塞ぎやがって!」
口を開いた瞬間、謝憐も風信も額に手を当てます。
「全然変わってない。前のままだ!」
戚容は、もしかしたら五歳までの間父親と一緒に住んでいた為に、下級層の雰囲気や父親の気性の荒いところに染まるのも避けられなかったのかもしれません。
しかしその後、皇后がどれだけ心を尽くして教え導いても、戚容は興奮するとすぐに本性を現してしまうのです。
戚容にぶつかったのは、二十四、五才の青年でした。簡素な荷物を背負っていて、草履は底がなくなるくらいに擦り減っていました。
少年は憔悴した顔をしていて、唇が乾いていて、頬も痩せこけていましたが、顔立ちははっきりしていて、端麗で朗らかでした。細身であっても弱々しくはなく、眼差しは輝いていました。
「ここはどこなんだ?」
戚容が答えます。「これは仙楽宮、太子殿だ!」
「太子殿?太子だって?ここは皇宮なのか?」彼は殿の中の燦々と輝く黄金の神像に、顔まで照らされます。
「これは金なのか?」
彼はこの宮観があまりにも豪華だったので、皇宮だと思い込んでしまったのです。
戚容の侍従が、彼を追い払いながら言います。
「純金に決まってるだろ!太子殿は太子の神殿なんだ。皇宮の太子殿ではない!ここがどこなのかも分かってないなんて、どこから来た田舎者なんだ?」
「じゃあ皇宮はどこなんだ?」
戚容は目を細めながら尋ねます。「それを聞いてどうするんだ?」
「皇宮に行って国主に会いたいんだ。話があるんだ」青年は真剣に答えます。
戚容の数人の侍従は笑い出して、顔に軽蔑の色を浮かべます。
「どこからやってきた田舎もんだよ!皇宮に何しに行こうとしてるんだ?国主に会いたいだなんて、会いたいと思えば会えるとでも思ってるのか?」
青年は嘲笑を気にすることなく言います。
「試してみるよ。もしかしたら会えるかもしれない」
戚容は、はははと大笑いします。
「じゃあ試してみろよ」そう言いながら、手を上げてわざと逆の方を指します。
青年は「ありがとう」と行って、荷物を背負い直し、振り向いて観の外に向かって歩き出しました。
石橋の上に差し掛かった時、突然足を止めて下を眺めます。透き通った池の水には、硬貨が幾層にも重なって沈んでいるのが見えました。
青年は少し考えたあと、橋の手すりを乗り越えて、池に飛び込みました。彼の身のこなしはとても素晴らしいもので、池に飛び込んだ後、腰をかがめて池の底の硬貨を拾い、自分の荷物の中に入れました。
神のお金を取る人がいることを誰も見たことがなかったので、謝憐も風信も唖然としました。戚容も唖然とし、次の瞬間には手すりを叩きながら怒鳴りました。
「このクソったれが!何してるんだ!早く、そいつを引き上げろ!このクソ野郎が!」
侍従と道人は水に飛び込んで彼を引っ張り出そうとしますが、この青年は身のこなしが素晴らしく、殴ったり蹴ったりで、誰も彼をどうすることもできませんでした。
戚容は上の方で地団駄を踏みますが、なす術がありません。
青年は重たい硬貨をたくさん背負って、岸に上がろうとしましたが、青い苔を踏んで足を滑らせてしまい、水の中に仰向けに転んでしまいました。
侍従はそのうちにと彼を捕まえ、岸に上げました。
戚容は足を上げるなり、蹴りつけます。「よくこのお金が盗めたな!」
戚容が蹴るごとに、風信はそれをうまく遮りました。戚容には風信が見えませんでしたが、何かがおかしいと思います。七、八発蹴っても蹴り応えがないのです。青年も全く痛がってない様子で、思わず悶々としました。
青年は数回咳をします。「このお金は水の中に置いてるだけなんだし、なぜ人を救うために使ったらダメなんだ?」
戚容は蹴っても蹴っても気が晴れず、ついにイライラしだします。
「誰を救うって言うんだ?お前は一体誰なんだ?どこから来たんだ?」
この質問は、本当はこの青年に何か罪名を被せて投獄しようとしたのですが、この青年は実直に答えます。
「俺は郎英だ。永安に住んでいる。あっちでは干ばつが起きて水がないんだ。稲も伸びず、みんな食べるものもお金もないんだ。
ここには水があって、食べるものがあって、お金があって、金で作られた像もある。お金を水の中に捨てるぐらいなら、なぜ俺らに少し分けてくれないんだ?」
謝憐「風信、永安が干ばつだって?どうして私は知らないんだ?」
永安城は仙楽国の西側で、風信も不思議がります。
「知らないですよ!俺も聞いてません!」
戚容「永安の隅っこからやってきたのか。ほんと不毛の地からは無頼の輩しか出てこないな。貧しすぎて、神のお金を取るなんて!」
郎英「じゃあ取らないよ。今この神を拝んで、跪いて叩首したら、彼は助けてくれるのか?」
戚容は言葉に詰まり、心の中で、もしそうだと言ったら、この人は堂々とお金を持って逃げる気なんじゃないか?と思います。
「神はみんな死ぬほど忙しいんだ。お前らみたいな無頼の輩に構う暇なんてない!」
それを聞いて、郎英はゆっくり頷きます。
「俺も構ってくれないと思う。俺らも拝んだことがないわけでも、祈願したことがないわけでもないけど、意味がなかった。死ぬ奴はやっぱり死んだ」
謝憐はどきりとします。まさか彼は私に祈願したことがあるのか?
戚容は逆上します。「太子従兄さんは、天下で一番すごいんだ!お前は何を言ってるんだ!」
侍従達は一斉に青年に飛びかかって殴ったり蹴ったりします。風信はその中で、彼らの攻撃を遮っていたので、郎英は押さえつけられて暴行されているように見えるのに、顔は平気で、避けることも躱わすこともせず、時々手を上げて背中の荷物を庇うだけでした。
戚容は瓜子(向日葵の種、おやつ)を一束掴み、それを噛みながら脚を揺らします。「殴れ!本王からの命令だ!もっと力込めて殴るんだ!」それは本当に立派な悪人のような振る舞いでした。
その自称を聞いて、郎英は突然顔を上げます。
「あなたは王なのか?何の王だ?あなたは皇宮に住んでるのか?あなたは国主に会えるのか?」
「俺はお前より偉いんだ!国主陛下に会いたいだって?陛下は毎日忙しいんだ、お前に構う暇なんてない」
郎英は首をひねりながら、しつこく尋ねます。
「どうして構う時間がないんだ?神も構う時間がなくて、陛下も構う時間がないなら、一体誰が構ってくれるんだ?俺は誰を探しに行けばいいんだ?国主は、永安で人がたくさん死んでることを知ってるのか?知ってるなら、どうして水の中にお金を捨てても、俺らに分けようとしないんだ?」
戚容はへへへと冷たく笑いながら言います。
「俺らの金だ、俺らがどうしようと勝手だろ。水の中に捨てても、他の奴らには関係ない。どうしてお前らにあげなきゃいけないんだ?貧しいからってそれが正しいと思ってるのか?」
ちょうど彼は、手下が郎英を殴るのを見飽きたので、袋を出して瓜子の皮を入れ、「この窃盗した盗人を牢獄に入れろ!」と命令します。すると、何人かが命を受けて郎英を担ぎました。
謝憐は振り返りもせず、手でひと押しします。前方の人は、地面の影が少しずつ動くのを感じ、不思議に思って振り返りました。
次の瞬間、戚容は叫びます。
「太子従兄さんー!」
謝憐は、なんと自分の神像を倒したのです!
あの剣と花を持った、優しく美しい黄金の像は傾きました。戚容は、まるで自分の母親が首吊りして椅子を蹴るのを目の当たりにしたかのような顔で、もう郎英のことなど構っていられなくなり、急いで走って行って神像の太ももに抱きつき、胸が張り裂けんばかりに叫びました。
「お前らクズども何してるんだ!とっとと支えるのを手伝え!太子従兄さんを倒れさせるわけにはいかないんだ!彼は倒れちゃいけないんだ!」
彼は胸が張り裂けそうなほどなのに、謝憐は落ち着き払ってそのまますれ違い、太子殿を出ていきます。風信は顔が裂けそうになりながら、しばらくしてやっと口を開きます。「殿下!あれはあなたの神像なんですよ!」
神像を倒すなんてことは、縁起が悪く、誰でも多少は忌避するのです。こうやって自分で自分の神像を倒す神官なんて、本当に聞いたこともなく、まさに三界の常識はずれでした。
「ただの大きな金の塊でしかない。彼らの注意力を逸らすだけだ。彼らが手が空いてまたあの人を探しに行かないように、あの黄金像を押さえておいてくれ」
風信は一本の指で神像を押さえました。数人は力の限りを尽くしても起こすことができず、その状態を維持するのがやっとでした。歯軋りしながら言います。「さすが純金....十分な重さですね!」
外に座り込んだ郎英は彼らがもう自分に構わないのを見て、金ピカの神像を少しじっと見つめてから立ち上がり、身体の埃を払って、荷物を背負い直して出ていきました。
謝憐は彼についていき、しばらくしてから鬱蒼とした林に入り、郎英は周辺を見渡してから、一つの木の下に座って休憩します。
謝憐は木の後ろに隠れ、術を念じると、白衣の道人の姿になりました。
姿を変えてから自分をざっと見渡してみて、抜かりないのを確認すると、払子を振り、どう出ていくのが自然なのか、考えを巡らせました。
その時、郎英が木の横の水たまりで、両手で穴を掘るのが見えました。
「.....」
青年の掌は大きく、一回掘るごとに大きな穴ができていき、泥が飛び散り、まるで黒い狼が土を掘っているかのようでした。
謝憐はどうして彼が突然穴を掘り出したのか不思議がっていると、彼が下衣で泥を拭いて、手でその水を掬って口のそばに持っていくのが見えました。
それを見て、謝憐はもう隠れていられず、慌てて出ていき、彼の手を止めると袖の中から水筒を出して彼に差し出します。
郎英はすでに一口水を口に含んでいて、頬を膨らませながら飲み込み、突然現れた道士を奇妙にも思わず、遠慮もせずに水筒を受け取ると、ゴクゴクと一気に飲み干しました。
飲み終わってから、「ありがとう」と口にしたのです。
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全体的には改変は少ないですね。
旧版では謝憐が干ばつの話を聞いてから、確認するために慕情を呼び出すシーンがありましたが、新版では削られています。そのため、この場面に慕情は登場しません。
旧版では風信と慕情が干ばつの祈願を「聞いた」「聞いてない」で一悶着する場面がありましたが、確かにここの場面では別に削っても構わないのかな、という印象です。
また、謝憐が飛昇した神が人間の前に姿を現してはいけないという規則について、理解に苦しむという描写も削られています。
このあたりはコメントすることも少ないので、このまま余談です。
最近『陳情令』を見返していて、昨日はつい熱を上げて観てしまって、更新が滞ってしまいました。
以前観た時は、天官賜福に出逢う前だったので、天官賜福の考察を色々した後に改めて観ると、無意識に''この人のこの行動の真意は何か?''という視点になって、前回とは視点が変わって、感じ方も変わって面白いです。
当時は原作がBLと知らずに観て、素晴らしい友情物語と思って観終えて、その後色々調べるうちに原作がBLだと知って、慌てて見返しました。自分にとってはBLの世界を初めて知った作品でもありました。
天官賜福と作者が同じこともあり、キャラクターの複雑な心情が、その人の行動や表情、周りの人の目を通して語られるような描き方が本当に秀逸です。
キャラクターも、天官賜福に置き換えると、この人はこのキャラクターに近いな、というのが結構わかりやすいのもあり、複雑な人物描写、心情描写にため息が出ます。
天官賜福もそうですが、作品の中のキャラクターに命が吹き込まれていて、割とどのキャラクターも心から好きになれて、改めて本当に素敵な作品だと思います。
最近、特定の時間帯は特に慌ただしく、色々重なって余裕がない時は、心がパサパサすることが増えたのですが、ドラマの中の心を落ち着かせる『清心音』という曲が、本当にもう癒しです。夜中に作業しながら一時間ver.流してます。
ヒーリング効果があるんじゃないかと思うくらい、心が清められます。(もしかしてパサつき過ぎてるのかも)
パサついてる方がいらっしゃれば是非お試しを。