新版(2023年5月発売)の変更点・追加部分です。この場面は殿下と花城のやりとりもないし、あまり大きな改変はないので、削られたところだけ列挙するのか、物語風に紹介するのか、すごく迷いました。

 

小説と丸かぶりになる部分も多いですが、読みやすさと考察のしやすさを優先して、物語風でいきます。

「除幕ー」

 

活気に溢れた長い叫び声と共に、大きな赤い錦が地面に落ちます。たちまち千人もの群衆が天にまで届くような歓声を上げます。それは黄金の太子の神像でした。それは、片手に剣を持ち、もう片手に花を持っていて、「世を滅ぼす力があれども、花を惜しむ心を失わない」という意味があります。

 

神像の顔は柔らかい輪郭で、長い眉と秀麗な目をしていて、形の良い唇は口角が僅かに上がっていて、笑っているような笑っていないような感じで、多情に見えて冷たくはなく、慈悲深くて端麗な顔立ちでした。

 

飛昇して三年、八千の宮殿が建つことは空前絶後でした。太蒼山の、太子殿下が修行していた少年の頃に住んでいた山の峰は、今や''太子峰''と名付けられ、そこで第一座の仙楽宮が建てられたのです。

 

そこで一つ目の太子の神像ができた時は、国主が自ら除幕したのです。その太子像は五丈の高さがあり、純金で造られ、正真正銘の''金身''でした。

 

仙楽宮内では参拝客が絶えず出入りし、敷居が踏まれすぎて壊れてしまう程でした。殿の前の香炉には長いお香や短いお香が、所狭しとたくさん立てられていて、功徳箱も普通の廟のものよりも、大きく頑丈に作られていました。

 

そうしないと一日も満たずに一杯になってしまい、後からきた人達が入れることができなくなってしまうのです。

 

観に入ると、清水の池があり、そこには珠玉や硬貨が一面に投げ入れられており、煌めく水面の下で青く光り輝いていました。池の中の亀は、毎日石橋の上の参拝客に硬貨で打たれるので、甲羅の中に隠れて頭を出すのも怖がります。道人達がいくら参拝客に注意しても無駄でした。

 

宮観の高くて大きな赤い壁の中には、花の樹が一面に植えられ、枝には無数の祈福帯が掛けられていました。花の海のような中で、赤い帯が風とともに揺れる姿は、錦のように美しかったのです。

 

殿の中では、謝憐はお香の煙が立ち上る自分の神台に座り、参拝客を見下ろしていました。

「この太子殿にはどうして跪拝用の円座がないんだ?」

「そうだよ、観が開いたのに、跪いちゃダメってどういうことだ?」

「初めて仙楽宮に来たんだろ。仙楽宮はどこもこうなんだ。太子殿下が飛昇してから、たくさんの廟主の夢枕に立って、信者は跪かなくていいと言ったそうだ。だから太子殿には跪く場所がないんだ」

 

誰にも見えませんが、謝憐は頷きました。

 

しかし、何人かが笑いながら言います。

「そんなのどんな理屈なんだ?神様は拝むもんだろ?間違って伝わっただけなんじゃないのか?」

 

謝憐は言葉を失います。

「そうだよ、跪かないと。跪いたほうが誠意が伝わるしさ!」「円座が無くたって構わないよ!床に跪けば良いんだし!」

 

何人かが率先して跪くと、たちまち皆が一斉に跪きました。数百、数千人の人が殿の内外でひしめき合い、神像に拝み、口の中でしきりに何か呟いています。

 

謝憐は即座に耳を塞ぎました。塞いでも意味がなく、無数の声が大きな波のように四方八方から押し寄せてきます。

 

「どうか道中無事でありますように!」

 

「どうか受かりますように!今年は絶対受かりますように!受かったらお礼参りします」

 

「好きになった女の子達は皆師兄のことが好きになるから、どうか師兄が少し不細工になりますように!どうかお願いします!」

 

「俺のところに元気な男の子が生まれてこないなんて!」

 

いろんな願いがあり...聞いていた謝憐は頭がパンパンになり、急いで全ての声を遮断します。耳が静かになった瞬間、また大きな叫び声が聞こえてきます。

 

「なんなんだ!」

風信が両手で耳を塞ぎながら、殿の後ろから走り出てきます。

 

参拝客は何も気が付かず、そのま拝み続けます。謝憐はため息をついて、笑いながら彼の肩を叩きます。

「風信、帝君からの命令で妖魔を退治しに行くから、後のことは託した。お疲れ様!」

 

仙楽宮の太子殿は参拝客で賑わっていたので、毎日のように謝憐の耳には何千何万の祈願が届きます。

 

最初は新鮮な気持ちで、細かいことも人任せにせずに自ら突っ走っていましたが、その後あまりに多すぎて、風信と慕情に大事なものだけ報告してもらい、大事でないものは彼らに任せることにしたのです。そして彼は毎日のように、君吾に妖魔の退治に駆り出されていたのです。

 

三年経ったので、皆少しは落ち着いたかと思っていたのに、自分の殿に戻ってみたら、相変わらず天地を覆い尽くすほどの祈願に押し潰されそうになりました。

 

風信は耳を押さえる手をなかなか下げることができませんでした。耳を押さえたところで意味はないのに。

 

「殿下、どうしてこんなに女性の信徒がいるんです?」

「女性の信徒が多いのはいいことじゃないか?目の保養になるし」

「全然良くない!どうして夫婦円満みたいなことも祈願するんです?あなたは武神なんですよ!そんなこと叶えられるわけないでしょうに!」

 

本当に辛い思いをしたんだろうなと思い、謝憐は笑います。

すると突然群衆が騒ぎました。

 

誰かが叫びました。「小鏡王が来たぞ!早く行こう!」

 

''小鏡王''という言葉を聞いて、皆は''大魔王''と聞いたかのように、顔を青くして逃げ出します。竜巻が通り過ぎたかのように、参拝していた人達が七、八割逃げたのです。

 

すると錦衣姿の少年が、肩で風を切りながら入ってきました。

両手で瑠璃の宝灯を抱えています。

 

戚容ももう十七、八才になっていて、少し気品のある顔立ちになっていました。彼は門を入ってから、従者には中に入ることを許さず、綺麗な地面に跪いて、両手でその灯火を頭より高く持ち上げて、恭しく数回拝礼しました。

 

神台の数人は目を見合わせます。戚容が拝み終わると、恨めしそうに言います。

 

「太子従兄さん、これはあなたのために供えた、五百個目の灯火だぜ。弟としてここまで真心を込めてるのに、どうして会いに来てくれないんだ?構ってもくれないなんて、本当に冷たいな」

 

謝憐が会いたくないわけではなく、飛昇して神になると人間の前で姿を現してはいけないのです。それは皆が知っていることでした。

 

戚容はその灯火を持ったまま起き上がると、筆を持って、灯の上に字を書き始めました。謝憐と風信は彼に対して陰影を抱えていたので、何を書いているのか気になって、見に行ってみました。

 

曲がりくねった字で書かれていたのは、至って普通の国家安泰を願うもので、どこかの一家が惨殺されることではないことに、二人ともほっとしました。

 

その灯を見ていると、謝憐はあることを思い出します。

 

戚容の母親は皇后の妹なのです。若気の至りで自由を求めて、男の甘い言葉を信じて婚約を破棄し、護衛の一人と駆け落ちしたのです。しかし、半年も経たないうちに相手が本性を現し、毎日酒浸りで、戚容が生まれてからは妻子に対して暴力を振るうようになります。

 

最終的に、母子共に耐えられなくなり、戚容が五歳の時に、子供を連れて実家に帰り、閉じこもって心を病んで、数年で亡くなってしまったのです。

 

戚容が母親と実家に帰ってすぐの頃、王侯貴族が集まって太蒼山で祈福することになりました。戚容の母は下民と駆け落ちした後に実家に戻ったので、人に会わせる顔がなく、でも息子には自分と同じように井の中の蛙になってほしくなくて、見識を広げてほしいと思い、皇后に戚容を連れて行ってもらったのです。

 

元々目立たないようにはしていましたが、貴族の間で醜聞は矢よりも早く広まってしまうもので、皆彼らの事情が分かっていたのです。そのため、貴族の子弟は道中、戚容を避けものにして、彼とは遊ばず、話もしませんでした。

 

謝憐が鞦韆を見つけて、駆け寄って遊んでいた時、同じ年ぐらいの子供は皆寄ってきて一緒に遊んでいて、皆代わる代わる太子殿下のために誇らしく鞦韆を押していました。

 

謝憐は一番高いところまで漕いだ時、不意に頭を下げると、戚容が一番後ろに隠れていて、羨ましそうに顔だけ出しているのを見つけます。

 

神武殿に着いて、大人達が灯を供え終わった後、御籤を引いたり、解説してもらったり、話をしている時、子供達だけが神武殿に残されて、小さな灯を供えて遊んでいました。

 

戚容は、皇后がもう彼ら親子のために供えてくれたことを知らず、精巧に作られた美しい灯を見て、祈福しようと思います。しかし、幼いがゆえに知らないことも多く、いろんな人に聞いて回って、母親のための祈福を書こうとしました。

 

戚容と同族の子供達は、家の中の大人の影響からか、普段から戚容を嫌っていて、この親子が自分たちに恥をかかせたと思い、故意に意地悪したのです。

 

謝憐は自分の灯を書き終わってから、筆を下ろすと、背後でくすくす笑う声が聞こえ、おかしいと思って振り返ります。

 

そしたら、戚容が顔中に墨をつけながら、宝物のように灯を抱えていて、満面の笑みで供えようとしているところでした。

 

その灯には、曲がりくねった字で「一日でも早く母と天に帰れますように 戚容」と書かれていたのです。

 

謝憐はその場で灯火を叩き壊して激怒します。

 

その頃は太子殿下も幼かったのですが、貴族の少年達は皆畏れて跪き、誰も何も言えませんでした。怒り終えてから、謝憐は自ら戚容に新しい灯を書いてあげました。

 

その後、下山する時に、太子殿下はまた鞦韆で遊びましたが、今度は戚容が皇后の後ろから走って出てきて、後ろで押しました。

 

彼は謝憐よりも背が低かったので、押すのも大変でしたが、下から謝憐を見上げていました。ただその眼差しは、羨望から崇拝に変わっていたのです。そして、その後、戚容は謝憐の尻尾になったのです。

 

確かに言えることは、かつての戚容も可愛い一面があったのです。しかし、謝憐が力を尽くして教えても、成長とともに歪んでしまったのです。

 

 

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ここの場面の主な変更点は、女信徒のくだりなど、長いところがまとめられてシンプルになったり、謝憐が戚容の夢枕に一度立った話などが少し削られ、戚容の出自に関して、戚容を骨折させた風信が過失を問われるあたり(p233)に描かれていたことがここに集約されています。

 

ちなみに旧版では、戚容の母親は争乱の最中に皇后を庇って、流れ矢に当たって死んでしまったことになっています。(p233)そのため、皇后も人の息子を躾けるのが、ことのほか難しかったことが描写されています。

 

また新版では、謝憐が飛昇してから頻繁に君吾に妖魔の退治に駆り出されることが、いろんな場面で強調されているように感じます。

 

戚容のくだりは、改めて読むと泣きそうになりました。出自にこんな事情があることも、自分の父母を選べないことも、そんなことが影響して友達がいなかったのも、全部彼の過ちではないと思うと、気の毒になります。

 

でも、戚容にどうしてあげるのが一番だったのかは、やはり分かりません。幼い頃から両親がそばにいなかったとしても、彼は身分が高いので、指導する師匠を付けてあげたり、周りの誰かが何らかのことができたのではと思わずにはいられません。

 

それでも、旧版には皇后が全力を尽くしたと記載されています。彼自身がそういったものさえ受け入れられないほど、素直さを失っていたのなら仕方がないのかもしれませんが、''仕方がない''だけで片付けたくない気持ちもあるのです...。

 

小さいながら健気に謝憐の鞦韆を押す戚容がとても愛おしくなります。