新版(2023年5月発売)の変更点・追加部分の紹介です。だいたいの意訳です。

 

前回は、謝憐が子供を抱きしめながら、「行くところがないなら一緒に行こう。一緒に太蒼山に行こう。他のことはまた後に話そう」と言うところまで紹介しました。

子供は謝憐に抱きしめられて、少し身震いしました。

 

「殿下、また子供を拾って帰って!」風信がそう言うと、謝憐は笑いながら、「子供を拾うのが好きなんだ。養えないわけじゃないし!」と返します。

 

風信は諦めたように子供に手を伸ばそうとすると、手を伸ばす前に、子供は寝台を跳び降りて「自分で歩ける」と言いました。その表情は、拒絶の意思に溢れていたのです。

 

こんなに殴られても、まだ活力にみなぎっているのを見て、謝憐は笑うべきか心配すべきか分からなくなります。「走り回っちゃダメだ!」謝憐は腰を屈んで、また子供を抱き上げます。

 

子供は謝憐の腕の中にすっぽり収まり、子猫のように良い子になりました。

 

風信は目を見開いて言います。

「こいつ、昨日は俺を蹴ったのに、今日はなんて顔をしてるんだ!人によって態度を変えやがって!」

 

謝憐はフンと鼻を鳴らしながら言います。「こんなに良い子が人を蹴るわけないだろ?そんな話信じないよ」

 

風信「抱っこしてるなんて恥ずかしいですよ。ここに板車があるので、子供をこれに乗せて山まで運びましょう」

 

慕情「先に言っておきますが、俺はこれを連れて山に登るのは嫌ですからね」

 

風信「誰もお前を当てにはしてない」

そう言うや否や、子供を謝憐の懐から引っ張り出します。風信の手に渡った途端、子供はまた少しもがき始め、謝憐はそれを見て笑い死にしそうになりました。

 

「もういい、そんなに嫌がってるなら無理しなくていいよ」

 

風信「ダメです。あなたは太子殿下なんです。こんなどこから来たかも分からない、汚い子供を抱いていたら、他の人に見られて変な噂が立ったらどうするんです?それに、こうして抱っこしながら山を登るだなんて、疲れるでしょう」

 

それを聞くと、子供はもがくのをやめました。風信はそのうちに子供を板車の上に置いて、振り返って「おい!」と言います。

 

慕情に向かって「おい」と言ったのです。慕情は即座に警戒して、三人はやっとあることに気が付きました。前回別れた時は、太蒼山の上で口論になったので、本当はこの場の雰囲気はもっとピリピリしてるはずなのです。

 

謝憐はまた喧嘩が始まるのではと心配しますが、次の瞬間、風信がたどたどしく話し出すのが聞こえます。

 

「よく聞け。俺は回りくどい人間じゃない。お前を罵りたい時は、面と向かって直接罵るから、遠回しに攻撃する必要はない。お前もあれこれ変なことを考えて、殿下にヘソを曲げるな。殿下はお前が嫌な気持ちになったんじゃないかと心配して、一晩中探し回ったんだぞ。とにかく、今日のことは俺が悪かった!」

 

謝憐は最後まで聞くと吹き出しました。「ごちゃごちゃだな」

 

慕情は二人を睨みながら言います。「俺はヘソを曲げてない」

 

風信「じゃあどうして突然どこかに行ったんだ?」

 

しばらくして、慕情は悶々としながら答えます。「あの珠は、もしかしたら大通りに落ちたかもしれないと思って、山を降りて探しに行ったんだ。でもまだ見つかってないから、また探してみるよ」

 

謝憐は本当は、見つからないのならもういい、と言おうとしたのですが、慕情がとても気にしているのを見て、全く気にしていない素ぶりを見せるのも良くないと思います。

 

「確かに大通りだと思う。でも、それならきっと見つからないよ。人も多かったし」

 

そして、慕情の肩を叩いて言います。「でも、貧しい人に拾われてほしいとも思ってる。その方が、私が持ってるよりも意味があるからね!とにかく、このことはもう終わりにしよう」

 

慕情は彼をじっと見つめたまま、信じたのかどうかはわかりませんが、顔が緩みました。ふと見ると、風信は、真面目に働く一頭の黒牛のように、板車を引き始めていました。しばらくして、慕情も諦めたかのようにため息をついて、一緒に牛車を引きました。

 

太蒼山に登る時、夕日が炎のように山を照らしていました。楓の葉が長い長い山道を敷き詰め、水桶を担いでいる道人や、薪を背負っている道人達は、この四人を驚きと怪訝な表情で眺めました。

 

板車を引く人が二人もいるので、謝憐は遠慮せず板車の上に乗り、子供を自分の足の上に乗せます。楓の木が並々と続き、車輪もゆっくり回り、謝憐は指先で子供の髪を整えてあげながら、尋ねます。

 

「坊や、君の名前をまだ聞いてなかったね」

 

子供は謝憐と話しをすると、はにかむようで俯き、でも片方の目で謝憐をじっと見つめながら、小声で「名前はないんだ」と答えます。

 

「お母さんは名前を付けてくれなかったのか?」

子供は首を振りながら、「お母さんはいなくなったんだ」と言います。

 

「じゃあお母さんは、以前は何て呼んでたの?」

子供は少し躊躇ってから、「紅紅児」と答えます。

 

謝憐は笑います。「可愛い名前じゃないか!いくつなんだ?」

「十歳...」

 

謝憐は少し驚き、彼の腕を揉んでみて、「七、八歳だと思っていたのに、十歳だなんて...。それなら、細すぎる」と思います。

 

 

一枚の楓の葉が子供の頭の上に落ち、謝憐がそれを取ってあげました。振り向くと、笑いながら言います。

「坊や、見てみて、灯が光ってる」

 

夕暮れがやってきたのに、山頂の神武殿は昼間のように明るく、星々のような光が輝いていました。どの光も、神武殿に奉納された一つ一つの明灯なのです。どの灯も、信徒の最も敬虔な祈願なのです。

 

皇極殿の神武殿で一つの灯を供えるには、千金があっても難しいのです。お金、権力、能力、情、縁、のどれか一つさえあれば灯を供えることができるのです。しかし、世の中に多いのは、どれもない人なのです。

 

四人はしばらくただ、ぼうっと明灯が輝くあたりを見ていました。

 

その時、突然「太子殿下」と呼ぶ声が聞こえます。

 

一人の道人が前に現れ、身体を曲げてお辞儀します。謝憐はボロボロの板車の上に座っていても、少しも気品は落ちることなく、お辞儀を返して、「師兄、どうしたんです?」と尋ねます。

 

その道人は礼儀正しく言います。「国師が神武殿でお待ちです」

 

「ご苦労様です、わかりました。風信、慕情、先に子供を仙楽宮に連れて帰ってくれ」

 

「太子殿下、国師がおっしゃることには、太子殿下は本日客人を連れて帰るので、客人と一緒に来るように、とのことです」

 

それを聞いて、謝憐は少し驚きます。国師梅念卿は占いに長けており、きっと彼が客人を連れて帰ることがわかっていたのです。でも、どうして子供を連れていく必要があるんだ?

 

 

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このあたりは改変が大きすぎて、怪我した子供を皇宮に連れて帰って、手当てするくだりが無くなっているので、謝憐が父である国王と衝突する場面も無くなっていたり、風信が戚容の骨を折ったことの責任を問われる場面も無くなり、だいぶシンプルになっています。

 

謝憐が子供を思わず抱きしめながら「一緒に太蒼山に行こう」と言うくだりや、その後もすぐに抱き上げるくだりなどが追加されています。謝憐が子供のことを可愛がってるのが伝わってきます。

 

子供も子供で、謝憐にだけは大人しくて特別扱いだし、風信から謝憐が噂されるとか、抱っこしてたら疲れると聞いて、もがくのをやめたり。まだ小さくても、謝憐のことを心配して聞き分けが良くなるのがとても甘いです。

 

特に、謝憐が板車の上に座って、子供を膝の上に乗せながら話す場面は、周りの色彩豊かな風景描写や、穏やかな時間が流れる描写も相まって、八百年後の二人の出会いの場面によく似ていて、それにも劣らないぐらい素敵なものになっています。

 

旧版では、板車を謝憐が後ろから押しながら子供に話しかける描写だったので、謝憐が板車に乗って、子供を膝の上に乗せて会話する改変は神改変だと思います。

 

前回読んだ時は、このあたりはあまり気にも留めてなかったのですが、こうして細かく見ていくと、二人の関わりが随分増えています。この一つ一つの会話、一つ一つの触れ合いが、後の花城の八百年を支えていたと思うと、どれも大事に噛み締めたくなります。

 

 

風信と慕情の仲直りのくだりも、旧版も悪くないですが、新版はよりほっこりします。風信の謝り方も妙に説得力に溢れているし、喧嘩中でも喧嘩を忘れて普通に話をしていたり、なんだかんだ最後は慕情も風信を手伝ったり。彼らの普段からの関係性が垣間見れるような感じがしました。

 

実は、最後の灯が上がる描写は、個人的には旧版の方が好きです。旧版では次のように描写されています。

 

「神武峰にある神武殿は昼のように明るく、数多の光が集まって山頂を照らしている。見ているうちに謝憐はため息をこぼした。それは悲しいからではなく、その景色があまりにも美しく、かつ壮大だったからだ p241-242」

 

どうして旧版の方が好きかというと、その壮観を見た謝憐の感動する「ため息」を子供が横で聞いて、その感動する眼差しを見て、それで後に謝憐のために三千灯上げたのでは、と思っていたからです。

 

新版では四人とも感嘆して見惚れる描写になっているので、個人的にはここは旧版の方が好きです。

今回は過去編の中でも、特に心穏やかで、甘みのある場面を紹介しました。

 

ほんと、素敵な場面ですね。