新版(2023年5月発売)の変更点・追加部分㉓です。前回は戚容が郎千秋によって、木っ端微塵になるところまで紹介しました。いつものことながら緩めの意訳です。

郎千秋は元々残虐な人間ではないので、謝憐は彼が曲がりそうになるのを見て、彼を掴みます。「君は先に...」

郎千秋は彼を強く押しのけました。「この嘘つき!」

 

謝憐は彼に押されて倒れましたが、やってきた花城が後ろから支えてくれたので、何とか転げませんでした。やっとのことで立つと、郎千秋は赤く凶暴な眼差しをしていました。「この嘘つき!」

 

「私は...」

郎千秋は遮るように言います。

 

「ずっと騙してたんだな!真心尽くして努力すれば、恨みは消え去って太平になるだとか、そんなこと言ってたけど、本当はあいつらは一度も度化されてなかったってことなのか?あいつらは俺のことを恨んで、嘲笑って、呪っていたのに、俺はあいつらのことを思ってあいつらに良くして、鎏金宴の後もあいつらを度化しようと一心で修行したのに!俺は一体何なんだ!」

 

「違うんだ!鎏金宴で戚容の指図を受けて殺人した怨霊はごく一部で、全部を代表してるわけじゃない!もうとっくに彼らは鎮圧したんだ。君が度化した怨霊は本当に君によって度化されたんだ...」

 

郎千秋の額には青い筋が浮き出て、もうこれ以上耐えられないかのように言います。

 

「もう黙れ!もう二度とそんな言葉を聞きたくないし、もう二度とお前のことを信じない!国師....お前は本当に....本当にすごい人だ。お前は最初から俺を度化の道具だと思ってたのか?!」

 

最後まで聞くと謝憐は声を震わせます。「私は....私はそんなつもりはない....」

 

郎千秋は声を荒げます。「まだないと言ってるのか!こんなに長年、俺に誰が本当の仇かも知らせないで、お前はお前が望む俺になって欲しかっただけだ!その目的を成し遂げるためだけに、お前は俺に鎏金宴の犯人にされて、胸に四十九本釘を刺されて生き埋めにされたんだ!国師、お前は本当にすごいよ!」

 

どの言葉に対しても謝憐は、返す言葉がありません。どれも真実なのです。そのため、ただ絶望しながら「違うんだ...」と言うしかありませんでした。

 

だから、郎千秋に真相を知ってほしくなかったのです。

 

この少年は、彼の指導の下で、たくさんの努力や誠意を持って、あの亡霊達を度化してきたのです。でもその結果が、恨みと天地を埋め尽くす呪い、そして全ての家族の死だったのです。一体この事実を彼はどう耐えればいいのでしょうか。

 

 

この時、花城は冷たく言いました。

「彼は確かにすごいんだ。今になってやっと分かったのか?」

 

謝憐は、花城が自分を支えたから、地面に座らなくて済んだことにも気がつきませんでした。そして今、彼はすぐ上のすぐ近くで話しているのです。花城は謝憐を体の後ろに隠し、郎千秋を真っ直ぐ見つめながら言います。

 

「戚容のクズは、国が滅んだ仇を取ろうと思って、ずっと永安国の皇族であるお前を消そうと企てていたんだ。そしてお前に殺人犯にされたこの人は、夢の中で護身符を贈ったり、花枝で妖魔を撃退したり、ずっとお前を救おうとしてたんだ。永安国で国師をしていたのも、お前を指導するためだけじゃなくて、一番の目的は、お前の命を守ることだったんだ!

 

なぜなら他の法師達が全員クズで、お前に付き纏う妖魔に対して、皆なす術がなかったからな!お前の師匠だけが、この太子殿下だけが、戚容にどう対抗したらいいのか分かってて、だからこそ毎回毎回お前の命を救うことができたんだ。

 

最後、お前に棺桶に釘刺しにされる時でも、まず先に戚容を封印して、お前に災いを残さないようにしたんだ!彼がこれだけすごくなかったら、お前みたいな飛昇できる弟子を教え出せるわけがないだろ!」

 

一言言うたびに、郎千秋の眼差しと、握りしめた拳の震えがより酷くなりました。

 

「いい加減、本当の仇が誰なのかはっきりさせて、八つ当たりすべきでない人に八つ当たりするな!さっきお前が木っ端微塵にしたのはただの分身にすぎない。そんなことはさすがに分かってるだろうな」

 

血肉や砂埃が飛び散った中で、郎千秋は最後に謝憐を一目見ると、向きを変えて離れます。

 

謝憐はやっと我に返り、「千秋!」と呼びますが、郎千秋は振り返りもせず、長年身につけていた護身符を投げてきました。それは突然空中で勝手に燃え上がり、一瞬で跡形もなく燃えてなくなりました。

 

花城「追いかけずに、一人にしてあげよう。こんな時は、誰が何を言っても聞き入れない」

謝憐もそんなことはわかっています。立ったまましばらくして、やっと静かに口を開きました。

 

「どうしてこんなことをしたんだ?」

突然怒りが込み上げてきます。誰に対しての怒りかも分かりません。

 

花城は手を伸ばし、謝憐の肩に置こうとしたようでしたが、謝憐はその手を払いのけます。

 

「本当は私一人を恨んでいれば良かったのに!恨むなら恨めばいい。私を恨んでいる人なんて少なくないんだから。彼一人が増えたってどうってことない!でも、今はどうだ?彼は、自分が努力を向けた対象が、自分のことを呪っていたことを知ってしまった!彼に、私がかつて彼に教えたことが全部嘘で、空話で、騙したと思わせて何になる!」

 

花城は何も言いません。謝憐は突然、耐えられないと思いました。

 

全てが耐えられないのです。

自制を失った自分にも耐えられないし、それを静かに見ている花城にも耐えられないのです。

 

そして顔を隠して言います。「もう行って」

 

花城は動きません。

謝憐は頭を抱えて言います。「もう行って!お願いだからもう行ってくれ!」

 

花城はやっと「わかった」と答えます。

どうやら、そのまま静かに離れたようでした。

 

謝憐はやっと気持ちが少し楽になりました。

でも、自分にまだ何ができるのか分かりません。

 

胸にある鬱憤とした気持ちをどうにか発散したくて、腕を強く振ると、金色に輝く物が飛び出してきました。それが皇陵の崩れた穴をすり抜けて、崖の下に落ちていくのを見て、謝憐は驚き、まずいと思い、手を伸ばして飛び降りようとしました。

 

途中で誰かの手に引っ張られます。謝憐は来た人を見て言います。

「三郎、花が無くなったんだ!」

 

花城は片手を謝憐の腰に回します。

「無くなったら無くなったでいい、貴重な物でもないし」

金色はもう見えませんが、腰に回された手はより強くなります。

 

「あれは無くしちゃいけない...あれは....」

あれはこの前、花城が優勝を勝ち取って、贈ってくれた花なのです。

 

謝憐は驚きのあまり全身冷や汗が出て、魂も引っ張り戻され、そして気がつきます。

花城は離れたのに、いつの間にか戻ってきていました。先ほど、花城に対しての態度が悪かったことに思い至ります。

 

「三郎、君は...行ってなかったのか」

 

花城は何も答えません。謝憐は先ほど言ったひどい言葉を思い出し、だんだん罪悪感に駆られ、何も言えなくなりました。

少しして花城が軽くため息をつきます。

 

「兄さん、俺のことがいらないのなら、どうして俺が贈った花はいるの?」「君のことがいらないわけじゃない!本当に違う!」「でも兄さん、さっき俺に行けって」「......」「それに、その前もそう。俺が叫んでも、俺に構わず行ってしまった」

 

謝憐はそう言われると、確かに悪いことをしたと思い、低い声で「申し訳ない....」と謝ります。

 

「殿下に謝ってほしいわけじゃない」

だからこそ、謝憐の罪悪感はより大きくなるのです。ため息をついて花城が言います。「俺が悪かった」

 

謝憐は驚きます。「どうして君が悪いんだ?」

 

「本当は兄さんと一緒に兄さんの傷を治そうと思ってたんだ。そして郎千秋には自分で青鬼を探させた。戚容のクズは、物事を隠し通せないから、やり合ってるうちに真相が出てくると思ったんだ。でも兄さんが羅盤札を持ってるとは思わなくて。それでこんな所に出てきて、こんな姿になってしまって」

 

謝憐はため息をつきます。「君のせいじゃないよ。私がややこしくしたんだ」

 

「殿下は間違ってない。もし殿下があの罪を認めていなかったら、古い憎しみと新しい恨みで天下は乱れた。一人の命で何世もの太平を得ることができたんだ。何を間違ったというんだ?俺のしたことの方が、よりむごかったんだ。殿下は間違っていない」

 

謝憐は地面に座り、しばらくしてやっと口を開きます。「ただ、一人の人が善意を差し出して、こんな結果になるのは違うと思うんだ。彼が耐えられないと思ったんだ。彼が変わってしまうと。私はただ....」

自分がもう嫌になるというほど経験してきたものを、他の人にも経験してほしくなかったのです。

 

芳心国師として、過去もなく、名前もなく、そんな自分が鎏金宴の罪を認めれば、郎千秋にただ一人の人に裏切られたと思ってもらえると思ったのです。でも、虐殺の犯人が郎千秋が誠心誠意込めて度化した怨霊なら、それはこの上ない幻滅をもたらすのです。

 

だから戚容が真相を話してしまうかもしれないと暗示した時、謝憐はその脅迫に乗って、郎千秋を刺すしかなかったのです。そうして郎千秋を刺激して、こちらに攻撃してくるように仕向けたのです。

 

「でも、彼のために永遠に真相を隠し通すことはできない。彼はいつの日にか、本当の世界がどんな姿なのかを知る必要があるんだ」

 

花城は謝憐のそばで座り込みます。「それに、そこまで彼を評価しているのなら、どうして彼を信じてあげないの?」

 

謝憐は自分の腕に埋もれた顔を上げます。

 

「彼はあなたが選んだ人なんだから、怨恨の中でも自分を見失わないって。たとえ一度は世界を滅ぼしたいと思ったとしても、最後は自分がなすべきことをなす、って」

 

謝憐は花城を見て突然言います。「少し考えたんだけど...やっぱり君は行った方がいい」

 

「なぜ?」「本当は...私は疫病神なんだ。近くにいれば悪いことが起こる。だから、私達はやっぱり友でいない方がいい」

 

花城は謝憐を見てため息を吐きます。「兄さん、何を言ってるんだ?」

 

「君は気付いていないのか?私たちが知り合ってから君はずっと私に幸運をもたらしてるけど、私は君に絶えず悪運しかもたらしていない」

 

「違う」

「本気で言ってるんだ。このまま行くと、いつか...」

 

花城は突然、力を込めて謝憐の手を握ります。そして優しい声で言います。

「殿下、あなたの間違いではない。あなたは最善を尽くした。誰もあなたより上手くやれた人はいない。俺には分かる」

 

彼が言ってることが正しいかどうか謝憐には分かりません。

でも、今まで誰にも、こんなふうに優しくはっきりと慰めてもらったことはないのです。

 

どれだけ時間が経ったか分かりません。謝憐は夢の中から覚めたように目を開けます。

「誰か来た」

 

花城はやっと手を離しました。

 

謝憐はやっと先ほどの自分がどれほど失態していたか、どれだけの間慰められていたかに気がつき、全身が硬くなります。もはや恥ずかしがるべきかどうかも分かりません。

 

花城は普通の顔をして言います。

「こんな時だけは来るのが早いな」

 

 

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やっと、ついに、郎千秋が全ての真相を知りました。

花城が殿下のしたことを全て代弁してくれました。

とりあえず、殿下の被った犠牲が全て明るみになって、個人的には心が晴れ晴れとしました。

 

 

この場面は思うことがたくさんあります。

 

旧版でも新版でも、謝憐は郎千秋を守るために、真相を隠して、自分が犯人だと認めます。

 

新版では、二人の出会いや会話、関係性などの描写の追加によって、郎千秋が心から謝憐を慕って、尊敬していたことがよく分かります。何かあった時に真っ先に「師匠」を呼ぶことからも分かります。

 

郎千秋にとって、仲の良かった安楽王や、誠意を尽くしてきた怨霊から裏切られることも確かに打撃は大きいですが、心から慕ってきた「師匠」から裏切られる打撃も、並大抵のものではなかったと思うのです。

 

謝憐は真実よりも自分が犯人だと思われた方がまだマシだと思いますが、郎千秋にとってそれは本当にマシだったと言えるのか。

 

それに、いくら郎千秋のためとは言え、真相を隠すことが本当に正しかったのか?

 

郎千秋にとっては家族を惨殺されたという、この上なく大きな恨みなのに、その真実を隠されてミスリードされて、結果的に恩人に対して仇で返すようなことをしてしまっているのです。それは本当に郎千秋が望むことなのか?

 

いつの日にか彼が真実を知った時に、きっと犯人を間違えたことも、恩人にあんな仕打ちをしたことにも悔いるはずです。

 

郎千秋が言うように、もしかしたらいわゆる''相手の為''とは、往々にして願望の押しつけなのではないか?そんなことに思い至りました。

 

本当に郎千秋のことを思うのなら、真犯人にきちんと向き合わせて、どんなに残酷な現実でも、それにしっかり向き合わせる必要があったのではないかと思うのです。

 

その中で、彼がもし曲がりそうになれば、彼に寄り添いながら、一緒にその難関を乗り越えてあげるべきではなかったのか。そう思うのです。

 

でも結果だけを見て、自分みたいなただの傍観者・第三者は、後から何とでも言えるのです。もしかしたら当事者でなければ、何も言う立場もないし、何も言うべきではないのかもしれません。

 

郎千秋を一番間近で見ていて、一番理解していたのは間違いなく謝憐のはずです。その謝憐が、その場で最善と思って判断したことに、痛くも痒くもない外野が、とやかく言う資格はないと思うのです。

 

そして、謝憐が戚容を封印したのは郎千秋のためだということも明るみになりました。

 

犯人である芳心国師が国中に手配されたというくだりがどこかにあったと思います。全ての罪を被って、釘刺しにされて生き埋めにされる前に、郎千秋のことを思って戚容を封印しに行っていただなんて、もうため息しか出ません。

 

そのあたりのことは謝憐が自分から言うことはないだろうから、やはり花城が言わないと永遠に明るみにはならないと思います。

 

そして、花城はそれを知っていたことになります。謝憐を探し回る中で、謝憐がしてきたこともある程度、知っていたことになります。

 

 

謝憐が今まで見たこともない姿で怒る花城の背中を撫でて慰める姿がありました。

 

そして、花城が殿下に「殿下、あなたの間違いではない」と言って慰める場面もありました。

 

過去編で子供の花城が仙楽国の国師、梅念卿に天煞孤星の運勢と言われて泣き叫ぶ時に、謝憐が背中を撫でて慰めています。(p253)

 

そして、この時謝憐は、子供の花城に「君の問題じゃないよ。君のせいじゃないんだ(p252)」と言って慰めています。

 

過去編と絶妙にリンクしているのがまた尊いです。

 

 

まだ分からない部分として、

 

郎千秋が芳心で謝憐を刺そうとした時、どうしてそれを必死に止めて、自分で自分を刺そうとしたのか、とても気になります。

 

もしかしたら芳心を使って相手を刺した側にも何か呪いがかかるとか?

 

またどこかで出て来たら紹介したいと思います。

 

次回で過去編の前の部分を全てご紹介できると思います。