今回は、裴宿と半月についてです。半月関は何度読み返しても、切ない気持ちになってしまいます。日本語に翻訳されている旧版と、この部分の改編が多い新版を合わせて見ていきます。

半月関の事件のあらまし

半月国師である「半月」が、戦が激化した瞬間に城門を開き、「裴宿」が率いる永安軍によって屠城(民が皆殺し)され、半月国は滅びました。

 

そのため半月は「裏切り者」として半月兵士や刻磨将軍から恨まれ、罪人坑に吊るされて殺された後、凶の鬼と化します。

 

半月は半月兵士や刻磨将軍に対する罪悪感から、その怨霊の恨みを少しでも晴らすために、鬼になってからも半月関に残り、贖罪のために何度も何度も吊るされて「処刑」されることを選びます。

 

「裴宿」はそんな彼女を見ていられず、神官であるにも関わらず分身を作って、半月関を通る商人を導いて、半月兵士の亡霊の餌にしました。半月兵士の恨みは強く、唯一永安人の血肉を食らうことでしか、恨みが晴らせないのです。

 

人間を餌にして半月兵士の怨霊を少しでも鎮め、半月の苦しみを減らしてあげたかったのです。しかしそのことが明るみになり、当然のことながら裴宿は罰を受け、人界に貶謫されます。

 

 

生い立ちと人物像(旧版)

半月は半月国の母と永安国の父を持つ混血児として生まれました。しかし、両国は長年仲が悪く、国境付近で暮らしていた彼らにとっての生活は過酷でした。父は白い目で見られる状況に耐えきれず、数年で家族を離れ、母も間も無くして心を病んで亡くなり、半月は六、七歳で孤児になります。

 

半月国では、男女ともに強くて活発な様子を美とするため、混血児である彼女は一際痩せていて、か弱く小柄で、小さい頃から虐められていました。半月国の子供は彼女とは遊ばず、彼女が唯一友達と呼べるのは永安国の少年、裴宿だけでした。

 

半月は自分を殴った相手については何も覚えていないのに、泥の中から引っ張り出してくれた少年が、顔を拭くために貸してくれた手拭いを、洗って返さなければということだけは覚えていたような、そんな人なのです。

 

その後「花謝」と名乗った謝憐に出会います。謝憐といた時間はわずかでも、彼女は謝憐の影響を強く受けます。謝憐の「万人を救いたい」は、彼女の心に深く根を張りました。

 

ちなみに、文中に「二百年前のある日、諸事情でその時暮らしていた東方にいられなくなった謝憐は、身を隠そうと考え・・・」の描写があります。これは鎏金宴の後、謝憐が犯人として棺桶に釘刺しされ、棺桶から何とか自力で這い出したものの、もはや永安国に留まることはできず、身を隠す必要があったことを指しています。

 

戦の中で彼女は行方不明になり、彼女は永安国で蠍尾蛇の操り方を覚え、その後、半月国に戻りました。

 

砂嵐の中で半月兵士を助けたり、逃げ遅れた兵士の遺体を全て素手で掘り起こしたことから、刻磨将軍は彼女を気に入り、刻磨将軍が後ろ盾となって彼女を押し上げ、彼女は半月国の国師にまで上り詰めます。国師に上り詰めても、かつて自分を虐めた人たちに復讐しようとはしませんでした。

 

一方裴宿は、流刑人の子として軍の中でも常に蔑まれ、爪弾きにされ、一国を滅ぼしに行くのにも、わずか二千の兵士しか与えられませんでした。

 

 

なぜ城門を開けたのか

いよいよ両国の戦は熾烈になり、半月国の負けがほぼ決定的になった時、半月人はあろうことか、爆薬を用意し、負けたら永安国になだれ込み、各地で永安人を巻き添えにして死のうと考えたのでした。そうなると、犠牲者の数は計り知れません。

 

半月はそのことを知り、敵の将軍である裴宿に相談します。そこで裴宿は彼女に、城門を開けて、早く戦を終わらせることを提案しますが、最終的な判断は半月に委ねます。

 

結果、彼女は城門を開けて、裴宿に“屠城”させたのでした。

 

刻磨将軍は、裴宿は自分の手柄のために半月を利用したと考えますが、個人的には裴宿も犠牲を一番最小限にしたくて、そう提案したと思います。半月も裴宿も、謝憐の影響を強く受けていて、本当は二人とも心優しいのです。

 

 

二人の命運

裴宿は永安国の兵士として、永安国の民を守る義務があります。彼が屠城したことは、あくまで自分がすべきことを全うしただけなのです。屠城したことで彼は永安国の民を多数守り、飛昇を果たしました。

 

一方で半月は、半月兵士たちによって「裏切り者」として恨まれ、殺され、半月人の皆殺しに加担したために、凶の鬼となります。

 

一つの事件なのに、犠牲を最小限にしたいという目的は同じなのに、二人の結末は天と地ほどの差があるのです。

 

 

半月の苦悩

半月にとっては、半月国の民も、永安国の民も、どちらも罪のない、ただの民なのです。ただ犠牲者を最小限にしたかった彼女の決断は、結果的に半月兵士の信頼も、自分を押し上げた刻磨将軍の信頼も恩も、裏切ったことになったのです。

 

彼女は二百年経ってもその罪悪感を拭えず、何度も吊るされて「処刑」されることを選び、罪人坑の下では避けることもできるのに、刻磨将軍によって叩きつけられるままにされます。

 

彼女にとっては、どんな大義名分があろうと、それでも半月国を裏切ったことに変わりはないのです。

 

「正義」とは、全ての人が満足できるものではないのです。視点が違えば、皆それぞれの言い分があり、それぞれの正義があるのです。

 

そして、最小限の犠牲とは言え、犠牲になった人達にとっては、「不公平」としか言いようがないのです。生まれつき、死ぬべき人なんていないのだから。

 

それに思い至る時、とてもやるせない気持ちになります。彼女はどうしたら良かったんだろう、と答えの出ない死局の中に、自分自身も囚われてしまいます。

 

半月にも、花城が謝憐に言ったように、「あなたは間違っていなかった」と言ってあげられる人がいれば、どんなに良いだろう、と思えて仕方がありません。だけど、誰も自信を持って言ってあげることができないのです。謝憐でさえも彼女の話を聞いて「何が正しいかわからない」と言います。

 

しかし彼女の決断によって、救われた永安国の民は多かったはずです。星空を見上げながら彼女は言います。「万人を救いたかったのに、結果的に半月国を滅ぼして、自分は何をやっても駄目なんだ。私は二百年も何をやっていたんだろう。失敗ばかりだった。」

 

そんなふうに語る彼女を、抱きしめてあげながら、彼女が救った人の多さを教えてあげたくなります。決して何も無駄ではなかったと、言ってあげたくなります。

 

 

新版の改編・追加箇所

半月関の事件に関しては新版ではたくさん加筆されていました。半月の生い立ちはほぼ旧版そのままです。

 

彼女は小さい頃から虐められていて、誰も彼女の名前を覚えておらず、「半月の孤児」「半月の子供」などと呼ばれているうちに、彼女の名前は「半月」になったそうです。

 

そしてある戦の最中、半月を救おうとした謝憐が兵士に踏まれて気絶し、半月は謝憐が死んでしまったと思い込みます。謝憐を埋葬してあげようと思って、彼女は他の死体と共に川に流された謝憐を追って、永安国にたどり着きました。

 

裴宿との出会いの部分も改編されています。

永安国にたどり着いてお腹を空かせた半月が、裴宿と出会い、彼の家族に食事をご馳走になります。

 

「必ずお礼をするから」という半月に、裴宿は「お礼はいらないから、お腹が空いたらまたおいで」と言います。神官としてはほとんど表情がない裴宿ですが、この頃の彼は十六、七歳の少年で、よく笑っていたそうです。

 

それでも半月がお金を貯めて、彼の家にお礼をしようと行った時に、彼の家は既に封鎖されていました。彼は軍に入れられ、他の家族は年寄りか幼いか、女性かだったので、みんな流刑になったのです。

 

士兵の衣を着た裴宿が、流刑中の父を見つけた時、父から聞いたことの顛末は次のようなものでした。

 

その前の年、皇居で演武の大会が開かれ、この時の裴宿の剣使いがあまりにも素晴らしかったので、そのまま対戦が進めば、ある権力者の息子と対戦することになりそうでした。それで、その権力者は裴宿の参加資格を失わせるために、彼を家族もろともでっち上げの罪に処したのです。

 

ただ彼の剣の使い方が上手かっただけで、彼の家族はこんな目に遭ってしまったのです。理不尽にも程があります。彼はその事実を知ってその場で泣き崩れました。

 

 

その後、二人は半月国で再会します。半月が蠍尾蛇を捕まえに行く時、その蛇に噛まれた裴宿を見つけ、看病します。以前はよく笑う少年だったのに、この時の裴宿はもう笑うどころか、あまり話さなくなっていたそうです。

 

そしてある日、裴宿は半月に蠍尾蛇の操り方を尋ねます。彼は早く功績を残して、流刑中の父母弟妹を救い出したかったのです。もし教えなければ、彼はきっと自分で試行錯誤して、そのうち蛇に噛まれて死んでしまうと思い、半月は彼に蠍尾蛇の操り方を教えました。

 

両国はついに戦が熾烈になり、半月国の負けがほぼ決定的になりました。この時、半月国の民は爆薬のみならず、毒水や武器、呪われた物なども用意し、負けたら永安国になだれ込み、各地で永安国人を巻き込んで死のうと考えたのでした。

 

半月はそのことを知り、半月人を説得しますが、説得も虚しく、最終的にどうしようもなくて、敵の将軍である裴宿の力を借りて、この暴徒と化した民を何とかなだめようとしたのです。

 

その交換条件として、城門を開けることになりますが、半月は、なるべく民を殺さないでほしいと裴宿に頼みました。しかし、次の日城門が開けられると、結果的に屠城されます。

 

彼女は後に、戦場では、自分が相手を殺さなければ相手に殺されるという状況の中で、手加減なんてできるわけがないから、今思えば初めからそんなお願いなんて無意味だし、そんなお願いをしてしまったばかりに、裴宿が約束を破ったみたいに言われて、申し訳ないと言います。

 

そして、あくまで城門を開けたのは、自分自身の意思だったと、彼女は強調しました。

 

彼女は、おそらく裴宿も彼女が殺されるとは思っていなかったと言います。城楼に吊るされた自分を見た時の裴宿の表情が忘れられない、と。もしかしたら、彼を驚かしてしまったのかもしれない、と。

 

彼女は死んでもなお、責任逃れをすることもなく、誰かを恨むわけではなく、もしかしたら自分の死に様が、誰かを驚かしてしまったかもしれないと気にするのです。彼女はそういう人なのです。

 

そして、裴宿は飛昇した後に、彼の家族がもう死んで何年も経っていることを知りました。軍の中で爪弾きにされてもなお、苦労して功績を上げて上り詰め、両手を鮮血に染めながらも、結局彼は家族を救い出すことができなかったのです。彼の無念さを思うと心が締め付けられます。

 

新版の改編では、こうした二人の出会いや、裴宿の背景についての描写が足されていました。半月がなぜそこまで裴宿を信頼していて彼に相談したのか、裴宿がなぜ勝たなければならなかったのかがよく理解できます。

 

 

二人の関係

二人の関係について、最近まで幼馴染としての友情と、裴宿が半月に対する罪悪感だと思っていました。しかし、以下の描写などから、二人は両思いではないかと思います。

 

半月関のことが明るみになると、裴宿は半月を担いで、連れ去ろうとしました。神武殿で裴茗が半月に罪を着せようとした時に、裴宿は何も弁明せず、全て自分に非があると、即座に認めます。彼にとっては出世や神官でいることよりも、半月の方が大事で守りたいことがよくわかります。

 

そもそも、分身を作って人間を餌にしていたこと自体も、明るみになればどんな罰が待ち受けているのかも分かった上で、彼は行っていたのです。

 

その後、中秋宴の前に、裴茗が半月を探しに行って再び罪を着せようとした時も、裴宿は先回りして半月を守ろうとしました。この時、裴茗は怒りながら「今まで手塩にかけて育ててきた苦労を、水の泡にしたのがどんな女か見てみたい」と言います。裴宿はやはり、前途を投げ打ってでも、この半月を守ろうとしたのです。

 

その後、銅炉山では、裴宿が刻磨将軍に蠍尾蛇の雨を降らせると、半月がすかさず刻磨将軍を罐に収め、二人は阿吽の呼吸で動きます。

 

裴茗が半月を見つけ、「これが半月国師?」と観察しているとき、裴宿は彼女の前に立って、彼女が裴茗の毒牙にかからないように守ろうとします。

 

裴宿が人間の体になっていることを慮り、半月は謝憐に炊事を習って食事を用意します。(謝憐に習ったらもちろん出来上がりも、謝憐のご飯と同じような物体になります。)

 

出来はどうであれ、半月はまだ食事をしていない裴宿を思い、その食事を持っていき、食べさせようとします。そして裴宿も食べます。(言うまでもなく、この後調子を崩します。''体調''ではなく''調子''です。)

 

裴茗が半月に冗談を言って、半月が思わず裴茗に謝った時に、裴宿は慌てて半月を慰めます。

 

二つの山が近づき神官達が押し潰されそうになった時に、裴茗が山の間に入って必死に押し広げるのですが、この時裴宿も手伝いに行きます。半月はそんな裴宿に法力を送ります。そして裴宿が倒れた時には、半月は裴宿のために水を探します。

 

小説を通して、二人の会話も動きも少なく、一言も''好き''やそれに準ずる言葉は出てきません。それでもこれだけの描写から、お互いのことを深く思っていることがわかります。

 

全てが解決した後、二人は刻磨将軍を収監した山で、刻磨将軍がいくら二人に罵声を浴びせても、二人は表情を変えることなく、一緒に外で看守し、雨師が作った果物をかじる描写があります。

 

言葉数の少ない二人ですが、二人でいるだけで十分なのです。これが二人の切ない物語の中の、唯一心温まる描写でもあります。