久しぶりの人物考察です。今回は郎蛍について。郎蛍もまた、天官賜福中の一つの悲劇と言わざるを得ません。彼自身は何も悪いことをしていないのに、運命に翻弄され、最後悲劇を迎えたうちの一人なのです。物語に関する大事な部分のネタバレを含むのでご注意ください。

天官賜福の中で、郎蛍の一生は本当に筆舌し難いものです。仙楽国の終盤、彼の叔父である郎英が筆頭になって戦が始まり、仙楽国が滅んだ後にできたのが永安国でした。郎英は永安国の初代の王につきます。郎英は自分の息子を早くに亡くしているので、甥である郎蛍を太子にしました。つまり郎蛍もまた、かつては太子だったのです。本来、彼は裕福な一生と、未来の王位継承が約束されていたのです。

 

それがある日、王位についた郎英も、まだ子供だった郎蛍も、悲惨な運命を辿ることになります。この時の謝憐は風信もそばを離れ、両親も亡くし、絶望の中にいました。そして白無相の度重なるそそのかしによって、次の白無相になりかけていました。謝憐自身が仮面を付け、黒武者を引き連れて、とにかく復讐をしようと動いていたのです。

 

この時、郎英は白無相にそそのかされて、自分の身体で亡き妻と子供の怨霊を養っていました。実質、人面疫を患っていたのです。しかも、謝憐が復讐しようと皇宮にやってきた時には死にかけていて、少し会話をした後、息絶えます。謝憐はやり場のない恨みを晴らすことができず、黒武者がそれを察して郎英の死体に切り付けます。

 

その時、まだ子供だった甥の郎蛍がやってきて、その現場を目撃します。黒武者はその場で郎蛍を気絶させ、郎蛍は郎英の血の海の中で横たわります。その後やってきた護衛達も次々と黒武者によって惨殺されます。謝憐は最後に、黒武者に皇宮に火を放たせます。

 

郎蛍はこの時気を失って、郎英の死体と一緒に一晩放置されたので、郎蛍も人面疫をうつされます。皇宮の人は郎蛍が人面疫を患ったのを発見し、他の人にうつさないようにするために彼をこっそり殺そうとしますが、もがいているうちに逆に郎蛍に殺されてしまい、郎蛍は皇宮の外へ逃げ出します。対外的には、郎英も郎蛍も重病でこの世を去ったことにされ、最終的には郎英の他の甥(郎千秋の先祖)が太子となります。この後、郎英は鬼となり、八百年彷徨うことになります。

 

叔父の郎英は、かつて妻子を持ち、その後王位につき、一生としては非常に起伏はあるものの、充実したものだったと言えます。しかし、郎蛍は違います。まだ子供で、これからという時に全てを失ったのです。郎蛍からすると、謝憐は紛れもなく自分の全てを奪った「悪人」でしかないのです。

 

白無相が君吾によって打ち負かされた後、白無相の残ったわずかな魂が人間界を彷徨い、そのうち鬼である郎蛍を見つけます。郎蛍の背景も知った上で狙いを付けたのです。そして謝憐が叔父である郎英を殺し、郎蛍を気絶させて、皇宮に火をつけた人なんだと話し、もし復讐をしたいならば、白無相の魂を身体に寄生させてもらえないか打診します。寄生して魂が回復した暁には、復讐の手助けをするとでも言ったのでしょう。

 

郎蛍は何百年も、人面疫のせいで嘲笑を受けたり、人々から虐げられて殴打され、逃げ隠れしながら生きてきたのです。数百年間の恨みはきっと想像し難いものだったはずです。もし謝憐が郎英を殺していなかったら(少なくとも彼の目にはそう見えたのです)、もし謝憐が自分を気絶させていなかったら、もし謝憐が皇宮を焼き払っていなかったら...。きっと毎日そんな恨みが渦巻いていたに違いありません。彼は謝憐に復讐するために白無相に身体を貸すことに承諾し、白無相の魂が徐々に回復する中で、彼は完全に白無相によって魂を呑み込まれます。その瞬間から、この世にはもう、郎蛍という魂は消え去ったのです。

 

与君山で郎蛍の世話を見ていた女の子''小蛍''が宣姫との対戦の中で犠牲になり、謝憐は彼女が息を引き取る前に、この少年の面倒を見ると約束します。怪我を手当しようと包帯を取ると、この少年は人面疫を患っていることがわかり、謝憐は悪夢が蘇ります。もしこの少年が人面疫を患っていることを知らなければ、謝憐はおそらく誰か子供がいない夫婦に引き取ってもらい、面倒を見てもらうように頼んだことでしょう。その後逃げ出した少年を鬼市で見つけ、自ら世話しようと、菩荠観に連れて帰ります。それは君吾の狙い通りでした。

 

天官賜福の中で、郎蛍の存在感は極めて薄く、常に怯えていて目立たない存在として描かれています。そのため、白無相に目をつけられただけではなく、花城も彼になりすまして謝憐のそばにいようとします。郎蛍の一生は本当に言葉になりません。当時死なずに、八百年鬼として生き長らえたことを幸というべきか、不幸というべきか。

 

もし当時そのまま死んでいたら、おそらく八百年の間に何度も輪廻転生して生まれ変わり、幸せな人生も、平凡な人生も送っていたかもしれません。しかし生き長らえたために、数百年間、苦痛に満ちた時間を過ごすことになり、最後には白無相に利用され、魂ごと呑み込まれてしまい、二度と転生することも叶わなくなったのです。何か悪事を働いた結果というならば仕方ないかもしれませんが、彼自身は何も悪いことをしていないのです。運命に翻弄された一人と言わざるを得ません。

 

郎蛍の視点で見る前は、謝憐はこの物語の中で一番人間らしくないほど「聖人化」されていると思っていましたが、郎蛍の視点で見たときに、必ずしもそうではないと思うようになりました。もしかしたら、この世には、絶対的な''善人''も絶対的な''悪人''もいないのかもしれません。みんな常に ’’善’’と’’悪’’のわずかな狭間で、揺れながら生きていて、立場が異なれば、善も悪になったり、悪も善になったり。簡単に白黒の線引きができないものなのかもしれません。

 

そもそも善とは何か、悪とは何か。

考えさせられます。

 

------

少し話は変わります。

 

謝憐の郎蛍に対する気持ちは非常に複雑なものです。当初は身寄りがないと思い気にかけていましたが、包帯の下の顔を見て、人面疫を患っていることが分かってからは、人面疫との関係から気にかけていました。しかし、謝憐が郎蛍を気にかけた理由はこの二つだけではなく、包帯を巻いていたからではないかという説があります。

 

謝憐が八百年前に出会った子供、花城も顔に包帯を巻いていました。つまり、花城の心の中に殿下が八百年いたのと同じように、謝憐の心の中にも八百年、太蒼山の皇極觀からいなくなった破滅を招く命格「天煞孤星」と言われたあの少年がいたのではないか、という見方があります。この見方も、とてもロマンチックで好きです。