花城と謝憐の会話はとっても心が温まり、好きな人も多いと思います。謝憐には心のわだかまりが幾つかありましたが、それはどれも花城によって解かれています。ネタバレを含むので最後まで読んでいない方はご注意ください。

①「万人を救おうとするなんて愚かだ」

半月関の後、半月は謝憐が昔、万人を救うことが夢だったと話しました。この時、謝憐は恥ずかしくなっています。昔の謝憐は挫折を知らず、自信に溢れていて、何も怖くないし、何でもできると思っていた時期がありました。しかし度重なる挫折を経て、自分は万能ではないと思い知ります。

 

万人を救いたいと言ってたなんて、昔の自分は何て愚かだったんだろう、と今の謝憐は思うのです。そしてそれを思い出す度に、おそらく幾度となく自分自身に「愚かだ」と言ったに違いありません。花城にそれを言った時に、花城は否定せず「若くして万人を救おうなんて愚かだ。愚かだけど、勇気がある」と謝憐に言っています。謝憐はきっとこの言葉を聞いて、心から慰められたと思うのです。八百年間の年月を経て、もはやそんな言葉を軽々しく口にはできなくなったものの、謝憐の心の中ではきっと、万人を救おうとすること自体は、間違っているとは思ったことはないのです。それを「勇気がある」と言われたことで、自分の気持ちを肯定できたのではないかと思います。

 

 

②鎏金宴の事件は、何が正しかったのか分からない

謝憐は戚容のところで鎏金宴の真実が暴かれた後、何が正しかった分からないと言いました。殺した数が少なかったとは言え、殺したことに変わりはないし、郎千秋に大勢を憎ませるより、自分一人を憎ませた方がいいと思ったのです。でも、自分が正しいと思ってそうしたことが、本当に正しかったのか、謝憐は自信を持てないこともあったのでしょう。

 

「永安王を殺して仙楽人を守り、安楽王を殺して両族の平安を守った。最後に郎千秋によって犯人が処刑された。三人の命によって太平を得る。俺でも同じようにした。誰もあなたよりうまくはやれない」そう花城に客観的に言ってもらえたことで、謝憐はきっと自分自身のしたことを肯定できたのです。

 

謝憐はこの後花城に、「もしかしたら本当に(安楽王室を)恨んでいたかもしれないよ」と言いますが、花城は「思っても、あなたはそうはしない」と返しています。謝憐が絶望しきって、白無相にそそのかされて人面疫を発動しようとした時でさえ、謝憐は自分が思いとどまる理由を、必死に探していたのです。絶望に至った謝憐も、絶望の淵に立たされた謝憐も、一番間近で見ていて、謝憐がどんな人間なのか、謝憐自身よりも花城は理解しているのです。

 

花城は最後に「あなたの好きなようにやって」と謝憐に言っています。謝憐に対する、徹底的な理解と信頼が垣間見れる一言になっています。口には出しませんが、この言葉の裏には「その結果がどうであれ、一緒に責任をとる」という言葉が隠れているのです。他の記事でも書きましたが、結果に対して責任を一緒にとるということは、愛だけでなく、覚悟も、実力も、能力もどれも不可欠なのです。昔のように殿下のために何もできない弱い存在ではなく、今や鬼王として君臨する花城は、その言葉を殿下に言ってあげることができるようになったのです。花城がどんな思いでそこまで辿り着いたのかに思い至ると、胸が熱くなります。

 

謝憐はこの花城のこの言葉を聞いて、確かに勇気をもらっています。直前まで歩き方も遅く、背中も曲がっていたのが、この言葉を聞いたらどこからか勇気が湧いてきて、姿勢もまっすぐになったとの記載があります。謝憐はどんな時でも、ただ一人でも自分を応援してくれる人がいること、しかもそれが花城であること、それだけで勇気が持てるのです。

 

 

③道が歩きやすいかどうかは自分では決められない

謝憐が、風信と剣蘭が別れたことに罪悪感を感じている時の、花城との対話です。

謝憐:「三郎、道が歩きやすいかどうかは自分では決められない」

花城:「道が歩きやすいかどうかは確かに自分では決められない。だけど、それでも歩くかどうかは自分で決められる」

この対話について以前、恋愛の観点で書きましたが、今回は他の側面から見ていきたいと思います。謝憐の歩いてきた道は、とても歩きにくい道でした。万人を救うことなんて、そもそも簡単な道であるはずがありません。花城が言うように、万人を救うことは、万人を虐殺することよりもずっと難しいのです。

 

干ばつから民を救うために法力を尽くして水を運んで雨を降らしたり、鎏金宴の事件の責任を一人で被ったり、半月国の戦では双方の民を救おうとしたり...。謝憐がやってきたことは、どれも自分の利益にはならないし、誰にも感謝されないし、下手したら恨みを買うようなことばかりなのです。

 

他の人がどう思おうと、それでも謝憐は自分が選んだ道を後悔したことはありません。歩きにくい道を選んだにも関わらず、それでも信念を胸に突き進んできたのです。それはまさに、その道を自分自身で歩くと決めた結果なのです。花城のこの言葉を聞いて、謝憐はきっと確かにその通りだと、深く腑に落ちたと思うのです。その言葉を謝憐にかけることができたのも、花城自身が歩いてきた道が歩きやすい道でなかったことを物語っています。

 

 

④白無相への怯え

銅炉山のくだりで、謝憐の白無相に対する怯えを感じて、花城がかけた言葉です。

花城:「何かを怖がることは恥ずかしいことじゃない」

謝憐:「うん、勇敢さが足りないだけだよね」

花城:「怖いものがなければ、勇敢なんてものもない。自分に厳しすぎだ」

かつて太子だった頃の謝憐は、怖いものなんてなかったのです。それが天界から追放されて、白無相に遭って、白無相のせいで国も、家族も、仲間も失って、心から白無相に対して陰影を持ち、怯えるようになったのです。しかし、彼は他の人の前ではその怯えを出すことができません。彼まで怯えを顔に出したら、他の人をもっと不安にさせるのです。謝憐は八百年経っても、白無相と聞くだけで手が震えます。

 

花城のこの言葉は、謝憐に心の余裕をもたらしたはずです。失いたくないものがあるから白無相が余計に怖くなる。でも、今回の謝憐はもう一人ではないのです。花城は謝憐にありったけの法力を注ぎ込み、謝憐が自分自身で白無相を倒して心の陰影を乗り越えられるようにしたのです。

 

 

⑤白無相になりかけた

謝憐は自分がかつてもう一人の白無相になりかけたことを非常に気にしていました。かつては自信に満ち溢れていて、真っ白な太子殿下だった自分が、恨みにまみれて黒い感情が渦巻き、一番醜くなっていた時期なのです。しかもその自分のせいで、黒武者が犠牲になり、謝憐は数百年間、後悔、懺悔、苦痛に苛まれていました。自分自身を許すことができない、そして安易に振り返ることもできないほど、心の大きなわだかまりとなっていたのです。

 

謝憐は花城が、自分のそんな過去を知ることを恐れていました。戚容のところで謝憐は「三郎の思っているような人間じゃない。美化しすぎてはいけない。幻影はいつかは消え去ってしまう。最後は失望するだろう」と言っているし、君吾に花城の前で過去のことを持ち出されそうになった時、非常に動揺しています。

 

戚容のところで花城は「誰が失望しようと関係ない。ある者にとっては、この世にその人が存在すること自体が希望なんだ」と返しています。謝憐が不意に花城に、過去の自分を見たことがあるかと尋ねた時、花城は謝憐が前に言った言葉「大事なのは’’どんな’’あなたかではなく、’’あなた’’そのものだ」と返しています。花城は、謝憐自身が大事なんだと、言葉で返すだけでなく、行動でも物語っています。花城があの黒武者だと分かった時、きっと謝憐にとってこれ以上の説得力はなかったと思います。

 

⑥世の中に終わらぬ宴席はない(出会いには必ず別れがある)

謝憐は金箔のくだりで、子供の頃の自分は「集まるのは好きだけど、離れ離れになるのが好きではなかった」と振り返っていました。天界から追放されて生活が苦しかった時、ある日急に慕情が去ることになり、それは謝憐にとってきっと打撃が大きかったに違いがありません。謝憐は不意に、風信も去るのが怖くなり、ベルトを贈りました。それでも結果的に風信も去り、最後に両親も謝憐のそばを去ったのです。彼はもはや、何も失うものがないくらい、全てを失ったのです。永遠なんてものはない。なんでも去る時がやってくる。去るのが怖いものほどいつかは去るもの。謝憐はいつしかそう思うようになったのです。

 

花城は法力が尽きて謝憐の元から離れる時、「世の中に終わらぬ宴席はない。・・でも、僕は永遠にそばを離れない」と謝憐に言っています。前半の言葉は、謝憐が半月関の後、花城に、知り合って日数もないのにこんなに話して大丈夫かと尋ねられたときに、「世の中に終わらぬ宴席はない。縁に任せて言いたい時に言う」と答えたところからきています。

 

長い年月でいろんなものを失ってきて、それが当たり前になってしまった謝憐に対して、否定をすることなく、普通はそうかもしれないけれど ’’自分は他とは違う’’ ’’自分は何があっても離れない’’とはっきりと答えてあげたのです。人間の時は兵隊として、死んでからは鬼として、どんな時もそばにいたのです。これもまた、謝憐の心のわだかまりを見事に解いたのです。

 

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こうして見ると、謝憐の八百年の間にできた心の傷を、一つずつ丁寧に花城が癒しているように見えます。謝憐は数百年かけても解けないわだかまりを、花城と出会って一つずつ紐解かれています。謝憐の全ての選択を肯定し、謝憐がどんな選択をしようとも味方につき、結果に対する責任も一緒に取る覚悟を持つ。そんなふうに全身全霊で理解してくれて、信頼してくれる人がいて、謝憐が花城を好きになるのに時間がかかるはずがありません。

 

「大事なのは’’どんな’’あなたかではなく、’’あなた’’そのものだ」

この言葉は、元々謝憐が花城に言った言葉なのです。それを花城の口から返されています。お互いそんなふうに思える相手と巡り合うことができて、もう本当この二人が尊すぎて言葉になりません...ぐすん