天官賜福には様々な愛の形があります。今日は愛するが故に、離れることを選んだ女性を紹介したいと思います。ネタバレを含むのでご注意ください。

 

風信にはかつて好きな女性がいました。その女性との間に子供もいます。鬼市で謝憐に絡んできた売春婦の女鬼’’蘭菖’’がまさにこの女性です。そして、与君山で謝憐が聞いた子供の歌い声が、その子供の霊です。

鬼になる前

剣蘭は生きていた時は、仙楽国の、出身の良いお嬢様でした。かつては仙楽太子妃の候補にもなり、家族から期待され、もしかしたら謝憐の奥さんになるかもしれない人だったのです。

 

しかし、当時の謝憐は修行に夢中で、結婚には全く興味がなく、その後仙楽国が滅亡したことで、彼女は売春宿に売られてしまいます。本当は良い人生を約束されたはずだったのに、運命に翻弄された女性と言っても過言ではありません。

 

太子妃の候補だった人と、太子の付き人の身分の差は明らかで、もし仙楽国が滅びていなかったら二人の運命は交わることがなかったと言えます。剣蘭は売春婦となり、謝憐は天界から追放され、風信はそんな謝憐について行き、慕情や謝憐の両親と隠れながら日々何とか生活します。

 

風信と彼女が恋仲になったのは、お金に困る生活をしている、そんな時でした。風信は長い間お金を貯めて、やっと彼女の一晩を買うことができ、でも何もせずに、ただ座ってお話をしていたそうです。そうして何度か重ねるうちに二人は恋仲になり、風信は彼女の身請けをしたくて、謝憐にお金を貸して欲しいと申し出ます。

 

しかし当時は謝憐もお金がなく、彼女を身請けすることは叶いませんでした。風信はその時自分が持っていた一番値打ちがあると言えるもの、謝憐から貰った腰帯(ベルト)を彼女にあげます。しかし、謝憐が滅多刺しに遭って失踪した二ヶ月の間に、二人は別れてしまいます。

 

風信が毎日憂鬱な顔をしているのを見て、剣蘭は心を鬼にして、彼と別れたのでした。この時の風信は、離れて行った慕情に対しての恨みや、失踪した謝憐に対しての心配、日々の生活が過酷なことへの苛立ち、剣蘭の身請けができないことも相まって、非常に憂鬱だったと推し量る事ができます。

 

剣蘭は彼の負担になりたくない気持ちが強く、別れを選んだのです。しかし、彼女は風信のことをとても愛していました。でなければ、もらった腰帯を八百年も付けていることなどないのです。

 

鬼になった背景

その後、彼女は妊娠します。風信はそれを知りません。でも子供は生まれてくることなく、胎児の段階でお腹から出されて、胎霊として鬼にされてしまいます。(本編でははっきりと誰の仕業か書かれていません。)

 

お腹が開かれたことで剣蘭も死んでしまい、その後、女鬼’’蘭菖’’になります。風信は彼女を探しにも行きましたが、見つけることができず、彼女は他の人と結婚したものだと思い込みます。彼女が名前を変えたのは、昔は貴族のお嬢様だったのに、今は鬼の売春婦にまで落ちぶれてしまったことで、先祖や家族が恥ずかしく思わないように、そして自分自身が今の自分を認めたくなかったからとの記載があります。

 

剣蘭はこの作品の中で、唯一運命に抗えなかった人だと言えます。仙楽国が滅びたことで謝憐は神官だったにも関わらず、万人を救おうと下界の戦争に手を差し伸べたし、花城は愛する人が苦しむ姿を見て、運命に抗い、「絶」の鬼になりました。弟の呪いを解きたくて師無渡は他人と運命を入れ替えたし、霊文は権力や野心のために白錦を殺して利用しました。もしかしたら剣蘭は運命に抗った結果、自分の力ではどうしようもなかったかもしれません。

 

剣蘭の愛し方

剣蘭は宣姫よりも物分かりが良いと言えます。風信を盲目に追いかけ回すことはなく、お互い一番美しい姿で記憶に留めて、過去に固執することなく、それぞれの道を生きようとします。剣蘭は子供の父親に関して、あの人だ、この人だ、と一通りでたらめを言いますが、決して風信だとは言いません。

 

もしかしたら彼女は犯人を知っていて、その恐ろしさも知っていることから、事が大きくなることで誰も得しないと分かっていて、風信だと言わないことで彼を守ろうとしたのかもしれません。

 

風信は最後、胎霊と剣蘭に責任を取ろうとしますが、剣蘭はそれを拒否して胎霊を連れて逃げます。彼女は、かつて愛したことが、永遠の愛を約束するものではないことを知っていて、風信を罪悪感や責任感で縛りたくないと思ったのです。

 

謝憐が剣蘭に残るように説得する場面もあります。風信はきっと二人を守ってくれると伝えますが、彼女は、一人の神官が二人の鬼を連れて生活するということは、風信を困らせるだけだと分かっていて、離れることを選びます。

 

もし一緒になれば、風信はきっといろんな人から後ろ指をさされて、信徒も失い、威厳も失うと思ったのです。それに、責任や義務からくる世話は、かつての美しいものを全て壊してしまう可能性が高いのです。

 

もしかしたら、みんなそれぞれ自分のやり方で、相手がわからないうちに、愛する人を守っているものなのかもしれません。彼女はかつてお互い心から好きで、愛したなら、それで充分と思えました。きっと心の中には貴族のお嬢様としてのプライドや芯も残っていたのかもしれません。

 

剣蘭とは元々植物の名前で、別名を’’菖蘭’’と言います。剣蘭の中国語での花言葉は「懐かしむ」「密会」「富」などです。これは彼女の一生の美しい回想を表しています。

 

 

彼女の愛の形もまた素敵だと思いませんか?もちろん彼女が言うように、八百年の間に薄れてしまう部分も多少あると思いますが、八百年間貰った腰帯を大事に付けていたこと、子供の父親が判明しないように、必死に風信を守っていたことを考えると、きっとまだ愛情はあったのではないかと思います。

 

《追記》

人生にもしはないけれど、もし風信があの時諦めずに彼女を見つけていたら、もし結婚したと勝手に思わなかったら、もし再会した時に一目で彼女だと気付いていたら、また結末は違ったのかもしれません。

もし花城が風信の立場なら、きっと見つかるまで謝憐を探していたし、少なくとも謝憐は結婚したんだと勝手に思って探すのをやめたりしないと思うのです。

 

彼女の風信への愛は深くても、風信の彼女への愛はその程度のものだったように思うのです。謝憐が責任を感じた時に、花城は「それはただ好きだっただけ。道が歩きやすいかどうかは自分で決められないけど、それでも歩くかどうかは自分で決められる。」と言っています。彼女も風信のその程度の気持ちを見透かして、離れて行ったんだと思います。

 

愛情があるゆえに、こんな風になってしまった自分を嫌われたくない、美しい思い出としてずっと記憶されたい、同情されて一緒になったり、相手を責任や義務で縛りたく無い、そう思えると思うのです。

 

天官賜福は、どの愛も深くて、ため息が出ます。

 

《追記》

剣蘭と胎霊を殺めた犯人が旧版では言及されていなくて謎とされていましたが、2023年5月発売の新版では剣蘭の口から語られています。風信が胎霊が君吾に懐いているのを見て「あいつ・・仇を父親みたいに慕って!どうして君吾の味方なんだ・・どうしてこうなったんだ!!」と言った時に、剣蘭が言い返します。

 

「父親であるあなたが逃げなければ、お腹の子供は流れなかったのよ!そしたら邪悪な道士によって小鬼として売られることもなかった!君吾がこの子を保護してくれなかったら、今は鬼にさえもなれていないのよ!」

 

つまり、風信が離れた後に剣蘭は流産し、胎児は邪悪な道士によって小鬼にされ(その過程で剣蘭も亡くなった?)、その後胎霊は君吾によって保護されているようです。