天官賜福にはいくつか謎とされている部分があります。ネタバレを含むので、最後まで読んでいない方はご注意ください。

 

与君山で謝憐を導いた子供の歌声が、胎霊だったことが後に判明します。そして、その胎霊の母親は蘭菖であることも判明します。でも誰が、当時妊婦だった剣蘭(蘭菖)のお腹を引き裂いて、胎霊を作ったかについては本編の中では語られていません。

 

今回は胎霊を作った犯人について考えてみたいと思います。(確証はないので、あくまで可能性が高いとされる一つの仮説としてお楽しみください。)

胎霊の父親は風信なのに、胎霊は風信に対しては敵対心剥き出しで、腕を噛んだり引きちぎろうとしますが、君吾に対してはとても親近感を持っていて、よく懐いている様子が各所の描写からわかります。

 

一度、胎霊が神武殿で慕情が犯人だと指摘したことがありましたが、謝憐が後から、慕情はそんなことをする人ではない、ときっぱり否定しています。私も、謝憐の見立てを信じています。そう指摘したのは、胎霊が君吾の指示で、タイミングがタイミングだっただけに、何か理由をつけて武神である慕情を閉じ込めておきたかったのと、色々撹乱しようとしたのだと思います。

 

与君山で胎霊は君吾の指示で謝憐を導いていたし、胎霊は母親の言うこともあまり聞かないのに、君吾の言うことは何でも聞いているし、他に疑わしい人物が描かれていないので、個人的には蘭菖親子を貶めたのは君吾(もしくは白無相)ではないかと思っています。

 

謝憐が天界から追放された時に、風信と剣蘭は交際しています。当時の風信は中天庭から謝憐とともに人間界に追放されていました。君吾は子供の父親が風信だと知って、その子供も胎霊にすればそれなりの法力があるので、利用しようとしたのではないかと思います。

 

それに、君吾の統治術でも少し書いたのですが、君吾は各神官の弱みを握ることで、勢力を牽制していました。風信みたいな人間は、何か大きな弱みや汚点があるわけでもないので、これから先風信が飛昇した際に、牽制する上で都合が良いと思って、君吾は子供を胎霊にしたのではないかと思います。

 

(一方で、君吾はそんなくだらないことはしないという意見もあります。何者かによって胎霊が作られた後、君吾が胎霊を部下として動かしていただけの可能性も拭えません。)

 

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《追記》

剣蘭と胎霊を殺めた犯人が旧版では言及されていなくて謎とされていましたが、2023年発売の新版では剣蘭の口から語られています。風信が胎霊が君吾に懐いているのを見て「あいつ・・仇を父親みたいに慕って!どうして君吾の味方なんだ・・どうしてこうなったんだ!!」と言った時に、剣蘭が言い返します。「父親であるあなたが逃げなければ、お腹の子供は流れなかったのよ!そしたら邪悪な道士によって小鬼として売られることもなかった!君吾がこの子を保護してくれなかったら、今は鬼にさえもなれていないのよ!」

 

つまり風信と別れてから剣蘭は子供を流産して、それを邪悪な道士によって胎霊として作られて、君吾が保護して鬼になった、という流れです。

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話は変わりますが、原作小説で謝憐が花城に「三郎は、胎霊の父親は誰だと思う?」と尋ねる場面があります。花城は顔を上げて、少し笑みを浮かべて、「どうだろう、もしかしたら、あのベルトは彼女が拾ったものかもしれないよ。」と、真正面から答えず、言葉を濁した返事をしています。(花城が謝憐に曖昧に答える時は、大体謝憐に知られたくない何かがあります。)

 

謝憐はこの返事は、いつも何でも答えられる花城らしくないと感じて不思議に思った、と記載がされています。しかし、次の瞬間、鍋の沸き立つ音で注意を奪われてこの話は流れます。わざわざ書かれているということは、この返事は何か意味を含んでいる可能性が高いのです。

 

行間を読んでみます。

“「三郎、胎霊の父親は誰だと思う?」”(いつも何でも知っている花城に聞いてみよう。)

“花城は顔を上げ、少し笑みを浮かべながら、”(答えは知っているけど、愛する人が傷つくだろうから答えたくない。)

“「どうだろう。もしかしたら、あのベルトは彼女が拾ったものかもしれないよ」’’(傷ついてほしくないから、答えずに言葉を濁す。)

“謝憐はいつもの花城の答え方らしくなくて、曖昧な返事だと不思議に思います。”(いつも何でも知っているし、何でも答えてくれるのに。鬼市の主なんだし、やっぱりきっと知ってるんだろうな。)

“次の瞬間、鍋が沸き立つ音で注意を奪われました。’’(答えないのには何か理由があるんだろう。しつこく尋ねるのはやめよう。)

 

なぜ曖昧に答えたのか?それは、謝憐が胎霊の父親を知ると、自責に念にかられることが分かっていたからです。風信と剣蘭が別れていなければ、胎霊が作られることもなかったかもしれない。謝憐が直接的な別れた原因ではないにしても、謝憐はそれを知ると、きっと自責の念にかられてしまうのです。(実際、後に謝憐が知った時に自責の念にかられています。)花城はどんな時でも謝憐思いなのです。

 

もしかしたら、花城は最初から胎霊の母親も父親も誰なのかを知っていたのかもしれません。後半、引玉のくだりで、花城が引玉の過去を全て見ることができる描写があります。花城が部下を選ぶ時は、相手の過去や背景をしっかり全て把握してから部下にしていることがわかります。情報を掴むことは、鬼市の主である花城にとっては、最も基本的な部分だし、朝飯前なのです。それはいろんな神官の弱みを熟知していることからも分かります。

 

部下である引玉に対してそんなことができるなら、きっと蘭菖に対してもできるのです。蘭菖が花城に丁寧にお礼を言う場面があります。蘭菖はいつもの粗野で雑な話し方とは言葉遣いも変わり、人が変わったように慎ましく丁寧に、花城に鬼市で引き取ってくれたお礼を述べているのです。

 

つまり何百年か前に、剣蘭と胎霊は離れ離れになり、剣蘭が鬼市に逃げ込んだところを花城に助けられたのでしょう。その時、きっと身分も背景も調べて、仙楽国の遺民であることも、皇族貴族の出身であることも分かっていたはずです。仙楽国の遺民で、皇族貴族の子女と関係がありそうな人間で考えれば、父親が誰なのかおおよそ検討もついたはずです。(引玉の過去を見る能力が、どこまでのことができるかは分かりませんが、もしかしたら剣蘭の過去も見て胎霊の父親を知ったのかもしれません。)そこまで分かって、鬼市で名前を変えさせて、かくまったと思うのです。

 

鬼市で胎霊が盗まれた事件が起きた時、犯人を探しているようで、本当は花城は蘭菖が母親だと分かっていたのではないかと思うのです。胎霊を盗んだ人を探す時に、花城はまず、その場にいた人達を男女に分かれて並ばせています。

極楽坊の扉には術がかけられていて、通常は誰も自分のものでない物を持ち出すことはできないので、その状況でも胎霊を持ち出すことができるのは、唯一、胎霊の母親しかいないのです。

そのことを花城が一番よく分かっているし、花城は犯人を探しているようで、彼女に自分から名乗り出てほしかったのではないかと思います。