天官賜福の中で、裴茗の雨師に対する気持ちは、非常に複雑なものとなっています。裴茗から逃れたいときに、わざわざ雨師のところに避難しに行く描写が何度かあります。それは、雨師が裴茗の陰影であることを知っていて、裴茗は気まずくて雨師に会いたがらないことを知っているからです。今日はこの二人について考察していきます。ネタバレを含むのでご注意ください。

 

飛昇前の二人

飛昇する前、二人は後に敵対する国の将軍と公主でした。裴茗が須黎国の将軍で、雨師篁は雨師国の十六番目の公主だったのです。公主とは言え、宮人の生まれで地位もあまり高くなく、恥ずかしがり屋で内向的な性格なのもあり、数多くいる兄弟姉妹の中でも最も可愛がられていない公主でした。

 

雨師国の皇家道場は「雨龍観」で、歴代の国主は皇室を一名選んでそこに送り込んで、国家安泰のために祈りを捧げる慣例があります。でも実際は辛い仕事で誰も行きたがらず、どうしても選ばれてしまった場合にはお金を出して身代わりに行かせるようなところでした。この代になると選ぶこともなく、雨師篁に決まりました。

 

雨師篁がそんな公主だったから、宣姫でさえ彼女のことを見下していたのです。宣姫は公主ではないものの、権力者の出身なので、雨師篁より男性から人気があり、皇族の中でも重視されているぐらいでした。

 

ある日、道場にお客さんが来ます。須黎国から皇族や将軍達が、雨師国の国宴に参加しにやってきて、ついでに道場も見にきたのです。この日雨師篁は屋上の瓦を整理していて、降りようとした時に梯子が見当たらなくなって降りられなくなっていました。

 

雨師国の皇族は何人か笑いながら見ていましたが、誰も助けようとはしません。この時、助けに出たのが、須黎国の将軍、裴茗だったのです。裴茗と雨師篁との出会いはその一件でしたが、雨師国には美女が多く次の日には忘れ去っていました。

 

(ちなみに、まもなく雨師国と戦になることがわかっているのに、裴茗は雨師国の寵愛を受けている公主七、八人に手出します。この公主達は嫉妬し合い、大変なことになったそうです。裴茗はどこに行っても裴茗ですね。)

 

須黎国がいよいよ戦を始める時に、大義名分が必要になります。裴茗が軍を引き連れて、皇宮の前まで押しかけて、もうあと一歩のところまできた時に、副将の容廣の提案で、’’雨師国が百姓を虐めるから、須黎国が百姓のために助けに入った’’という嘘八百の大義名分にしようとしました。

 

そのために、数百名の死刑囚を連れてきて平民のふりをさせ、皇宮の前に連れてきます。雨師国主に土下座しながら、百姓を虐めたことを懺悔して自裁するように要求したのです。そうすれば、百姓も他の皇族の人達も命は助けると。そうしなければ、その百姓たちも、皇族たちも皆殺しにすると。

 

もし雨師国が要求に従わなかったら、やっぱり百姓のことを何も考えていないと言えるし、皇族の人心も散るし、「平民」を殺してから、それは死刑囚が変装したものだとばらすことで、雨師国は恐怖の中で混乱が起き、須黎国が介入する際により円滑に進むと考えたのです。もし雨師国主が本当に自裁しても影響は大きくないし、そもそも国主がそんな要求に従うことなんてまずないと思ったのです。

それがわずか一日経った時に、雨師国の国主が出てきたのです。宮門が開き、国主が歩いて出てきて、跪いて頭を下げ、そのまま自刎したのです。その出てきた国主が雨師篁でした。

 

実は、要求が伝えられた後、老国主はどうすることもできず顔が真っ青になるだけでした。日頃寵愛を受けていた皇族の兄弟達は自分が助かりたいがために、国主に謝罪して自裁するよう説得しますが、なかなか説得が上手くいきません。その中で、一人の皇族が六十過ぎの国主に手を上げてしまい、国主は起き上がれなくなってしまったのです。

 

そんな国主を見て、皇族の兄弟たちはそのまま国主を引きずり出して、謝罪と自裁をどうさせるか議論していて、国主はそんな姿に怒りやら、失望やら、悲しさやらを感じます。そんな時に、雨師篁が自分に譲位するように声を上げたのです。百姓に土下座して謝罪し、自裁するためだけに国主になるというのです。

 

雨師篁は自刎し、もう生きられないことは誰が見ても一目瞭然でした。裴茗はまさかそんな事態になるとは思わず、呆気に取られます。容廣はどうしてこんなことになったんだ、と罵りました。どうでも良い人が一人死んで、人心を散らすこともできず、元の国主の命を取ることもできず、百姓も皇族も殺すこともできなくなったのです。

 

その晩、雨師篁は息を引き取る直前に、飛昇しました。

 

複雑な気持ちの考察

 

二人の間にはそんな事件があったからこそ、裴茗は雨師篁に対して大きな罪悪感を持っています。罪悪感の中にも、雨師篁が百姓のためにしたことに対して尊敬も混ざっています。

 

裴茗は女好きですが、女性をそこまで尊敬はしていません。つまり女性に対して優越感を持ち、女性を見下している節があるのです。ずっと長く一緒にいた副将の容廣も、彼のことを「女の人を服だと思っていて、着た後は捨てる奴」と評しています。

 

裴茗が好きなことは’’戦をすること’’と’’美女と寝ること’’と描写されてることからもわかるように、両方征服欲を満たすものなので、彼は人一倍、自尊心が高く征服欲も強いのです。彼は戦をすれば連勝し、男前で人気もあります。美しい女性には目がなく、関係を持って別れたほとんどの女性達のその後の生活も保障していました。ただ、そこに真心はないのです。

 

ある時、雨師篁が裴茗の前任の副官を蹴落としたことから、罪悪感と尊敬に忌憚が混ざります。最初は過去の恨みを気にしての報復と思い込みますが、後に雨師篁が裴宿を助けたり、自分に剣を贈ろうとしたのを見て、そもそも過去のことをはなから何も気にしていなかったことが判明します。男性主義で、自尊心も征服欲も高い彼は、複雑な気持ちになります。裴茗にとっては雨師より宣姫の方がまだマシなのです。少なくとも彼の優越感を下げることがないからです。

 

黒幕との戦いの中で雨師篁は鼠を遠ざけるために動き、彼は武神としての存在感を挽回するために奮闘します。それでも雨師に敵わず、一番狼狽している時に雨師に助けられることで、彼の自尊心は地に落ちます。容廣は口が悪く、毎回裴茗が助けられた後「女に助けられて、しかも相手が雨師で、恥ずかしくないのか!」とわざわざからかいます。鼠を退治するのも、数では雨師に敵わないと、風師にからかわれます。
 
彼は女性にどれだけモテて、どれだけものにしても、ただ雨師の前でだけは全く自尊心が立たないのです。彼にとって雨師に対する気持ちは、罪悪感や、尊敬、忌憚も相まって、とにかくどうしても心穏やかではいられない存在なのです。彼はそんな調子なのに、相手である雨師篁は全くそんなことを気にも留めていない。あくまで裴茗に対しては他の神官に対する態度と何も変わりません。それがまた彼の複雑さを助長するのです。
 
 
・・何度読んでも、天官賜福は登場キャラクターの心の描写がすごく繊細で、上手く描かれているなぁと実感します照れ