完全なネタバレを含むので、まだ最後まで視聴していない方はご注意ください。この作品の一番の魅力は、何度観ても新しい発見があり、登場人物の深掘りがいくらでもできるところだと思います。

 

本日は「君吾」について

君吾の統治術

君吾は、元々あった上天庭を転覆させてから、今の上天庭を築いたので、同じことが起こらないよう、他の神官の権力が大きくなりすぎないよう、常に気を配ることになります。そして、君吾にとって神官を牽制する一番簡単な方法は神官の「弱み」を握ることでした。

 

まず明光殿の場合、二名の裴氏が飛昇して神官となり、明光殿の実力は目を見張るものがありました。先に飛昇した裴茗は女癖が悪く、何百年のうちに恨みの強い女性が数人現れても不思議ではないことに君吾は目をつけます。

 

しかし、自分の手を汚したくないと思い、君吾は霊文の手を借りて謝憐に「与君山」の任務を振ります。宣姫の執着は相当なものでしたが、それだけでは明光殿に大きな打撃を与えることはできませんでした。

 

次に、君吾は老人の「殻」を使って、謝憐を半月関に遣わせます。そこで謝憐に半月関の真実を突き止めさせ、師青玄(風師)が上天庭に報告し、裴宿は罪を問われて罰を受け、裴茗が右往左往することになります。

 

つまり君吾は、自らの手を汚すことなく、神武殿の玉座に座っていただけで、明光殿の勢力を削いでみせたのです。裴茗も、裴宿を救おうと思うなら、君吾の言いなりにならざるを得なくなるので、明光殿を牽制できたことになります。

 

そうして師無渡(水師)・師青玄(風師)、霊文真君と次々に勢力を削いでいきました。どうすることもできなかったのは、何も弱みがなかった雨師ぐらいでした。

君吾による謝憐の改造計画

君吾は自分と境遇が似ている謝憐を、第二の白無相にしようとしていました。二人とも「万人を救いたい」との志を持ちながら、国が滅ぶ運命をどうすることもできず、国が滅んでからはかつての国民から失望され矛先を向けられた点では同じでした。

 

謝憐が飛昇する前に残した言葉''身在无间,心在桃源”(体が無間地獄にあるとしても心は桃源郷にある)は君吾にとってまさに生き方を否定されることであり、君吾は自分と境遇が似ている謝憐を第二の白無相にすることで、自分の生き方を肯定しようとしたのです。

 

体が無限地獄にあるのに、心が桃源郷にあることなんて、できるわけがない。

君吾は謝憐に「万人は救うに値しない」ことを教えるために、一つ一つ試練を与え、万人に愛想を尽かそうとさせますが、謝憐が君吾の期待に応えることはありませんでした。

 

そこで君吾は謝憐の黒歴史を一つ一つ暴き出すことにします。しかし800年もの放浪生活を送った謝憐は、今さら面子なんて気にするはずもなく、人免疫を患った郎蛍が目の前に現れれば、彼の面倒を見はじめ、芳心国師の話が出ても、謝憐は全ての罪を被り責任を取ろうとしました。

 

最後の決戦の時に、君吾は一番最後の切り札を出します。謝憐が一番大事に思う花城の前で、謝憐がかつて「人免疫」を発動しようとして、第二の「白衣禍世」になりかけたことを暴露しようとしたのです。しかし君吾はまさか花城があの時の黒武者「無名」だとは思わず、最後の切り札も謝憐にとっては功を奏しませんでした。

 

謝憐は挫折、失望、憎悪を経験しましたが、初心を見失うことはなく、そこが君吾との一番の違いでした。もし当時の君吾にも、泥沼に落ちた時に差し伸べてくれる善良な手があれば、謝憐にとっての花城のような存在がいれば、彼には別の選択があったかもしれません。

 

君吾の哀しさ

「万人は救うに値しない」と君吾に言わしめた背景には、どれだけの怒りや悲しさ、孤独があったのかと思うと、やりきれません。

君吾も当初はただ「万人を救う」太子でありたかっただけなのです。

 

彼が万人を救うために払った犠牲や努力は誰も知らず、一番助けを必要とした時に他の神官は誰も助けてくれず、結果として国が滅びたことで、彼は民から全ての責任を問われました。

 

一番民のために奮闘した人が一番責任を問われ、見て見ぬふりをした他の神官達は国が滅びてから少し手を差し伸べただけで、民から感謝され信仰者が増えます。

 

もし予知夢を見た時点で何も知らないふりをし、国が滅びてから国民に手を差し伸べれば、誰からも恨まれなかったのかもしれません。

 

しかし、君吾は「万人を救いたい」との信念のもと、一番険しい道を選びました。しかし、それ故に最後は全てを失ったのです。

 

天官賜福に登場するキャラクターは、皆それぞれの背景があり、それぞれの行動理由があり、それが丁寧に紡がれていて人物が生き生きとしています。

 

最後、謝憐が君吾に「笠」をかけてあげる場面がありますが、その「笠」は謝憐にとって、第二の「白衣禍世」になる直前に引っ張り上げてくれた人の「善意」の象徴なので、そう考えるとその行動は特に感慨深いです。