この世の中は
インフィニティマークのような
仕組みになっている(と思う)
∞
→∞
片方のぽよ
を現実界と言うなら
そこは、自分がいて
自分中心の世界で
自分に何かが起きている、と感じられる。
だから、よい思いでよい行いをすることが大事だ
とか
感謝が大事だ
とか
自分が何かを得られる、
より良い生き方がある、という
ストーリーがある。
∞←こちらのぽよ
が見えない世界だとすると、
そこには自分がいなくて
形になる前の全てなるエネルギーがあって
だから、何も優劣がない。
良いも悪いもないし、
等価値で
全てはただ起きようとしている。
受け取る主体もないし
誰かにとっての特別な意味もない。
それが矛盾しているように
聞こえて、
例えば、スピリチュアルな人は
心理学には意味がないと
言ったり
ワンネスだから個はない、と
言われたりするし、
他方、脳科学や自己啓発などの立場からは
生きていることの意味を見出し、
脳や心を整えて力を活用すべき、と
言われたりする。
∞
このマークを見ても分かるように
始まりも終わりもなく
循環しているので
おそらく、それらの議論には
終わりがないと思う。
どちらが正しいということもなく、
両方、そうなのだ、
ということではないだろうかと![]()
そして、大昔の
すごい人はこう言った。
中庸
が大事だと。
どっちも、大切にしながら
どっちも、ほどほどに。
と書いてはみたものの
”中庸”という言葉は奥深く
その理解でいいのかは分からないですが(笑)
例えば、引き寄せの法則などで
強く思うことが大事、
コトダマが大事、と言いながら
結果に執着しないこと、
ということも言われますよね。
それが、中庸ということではないかなと。
自分というところから願いを発するんだけど、
実は受け取り手がいない、というもう片方の領域にも
存在している(存在がある)という感覚。
それを丸ごと受け止めている状態が
中庸なのではないかと
最近感じて、
シェアしてみました![]()
かなり深い話です。
個としての人生を
良くする。
そのことに一生懸命になりつつ、
どこか、これが大いなる源の一部として
起きている、と知っている状態。
否定したり抗ったりせず
個をやりつつ
全体でもある
意識そのものとして
ただ存在する。
そういうことが
可能になってきている、
時代…ということなのでしょうか![]()
![]()
そして
∞
↑
この交差しているポイントこそが
愛と奇跡であり
無限のポイントなんだ。
愛と奇跡が全てを
結び付けている。
めっちゃ美味しいコーヒーゼリー!
手作りで、良い材料を使っている丁寧なお味がします![]()
ご自身を大切にしていく
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今日も皆様にBIGLOVEを![]()
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神秘を旅するスピリチュアルカウンセラー朱です![]()
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