9月下旬に一年前に亡くなった友人の一周忌に参列してきました。
昨年は亡くなったことを知ったのもしばらく経ってからで49日の参列は曜日の勘違いで行けず、後日お参りをさせてもらいに伺いました。
もうあれから一年近く経つと思うと本当に早いです。
一年前、亡くなったことを遅れて知り49日の翌日に伺った時も少し汗ばむような陽気だったのを覚えています。
この日も同じような夏の空でした。じんわりネクタイで締められた首元に汗が出てくるのを感じます。
一年前と今で変わったこと、友人がもうこの世にいなくなったことを僕自身が実感していることでしょうか…
彼の家へ向かう途中、友人と過ごした時間を色々と思い出します。この道もめっきり通ることも少なくなりました。
朝早く家を出て一周忌法要の少し前に到着できました。
チャイムを鳴らすと親戚の方が出てきました。
「○○の友人の方ですか?」
そう尋ねられていると奥の方から知り合いの彼の叔父が出てきてくれました。
叔父「ああ、来てくれたんですね。」
部屋の中には既に親戚の方がたくさん集まって法要が始まるのを待っていらっしゃいました。
挨拶の間も無く法要が始まりました。
宗派によって法要の進め方も若干違うようで僕にとっては初めての形式の法要でした。
焼香の際に彼の叔父が僕に早くと勧めてくれました。
一年前に来た時は仏壇と共に並べられた彼の写真で亡くなったんだと改めて現実を知らされた感じがしました。
今回仏壇の前に行くと昨年と同じ友人の若かりし頃の写真が飾ってあります。
この1年間、彼がいなくなった事を実感してきました。今まで長期の休みになれば必ず遊びに誘いに来ていた彼は来ない。
当たり前だけど写真を見た時に彼は一年前のままです。位牌に刻まれたその年齢は変わりません。
僕だけが一つ歳を重ねました。友人と僕の歳の差が1つ縮まってしまいました。
こうやって毎年縮まっていずれは僕が彼の年齢を追い越してしまうんだと思うとご親類の前で流すわけにいかない涙が少し溢れそうになりました。
一年前よりも今回の方が亡くなった事を実感してきた分なんとも言えない気持ちになりました。
手を合わせている間心の中で色々と報告してきました。
彼は全てを知っていて自分の体調には無頓着なのに僕の身体のことを常に心配してくれていました。
陽性が発覚した時も一番に応援してくれた。
発覚の1日前に病院でHIV検査を勧められた日
僕「こんなふうにHIV検査勧められてさ。まさかとは思うけど…」
友人「それもう陽性だわ。医師が検査薦めるなんて余程それなりの根拠がないと勧めないもの。」
友人の言う通り翌日には陽性だった訳ですが本当に何でも話せる面倒臭いくらいに良い友達でした。
昨年の夏の終わり、亡くなる前も僕の服薬の再開も望んでいました。身体のほうが大切だからといつも心配していました。
今こうやって順調になったよ…と心の中でたくさん伝えてきました。
友人とは海にも遊びに行っていました。
語り出せばキリがないほどたくさんの思い出があります。
早い
友人のことは度々浮かんでくることはありました。最後苦しかったかな、助け呼ぼうとしただろうなと考えたり、何度もその前に病院に連れて行けなかった事を考えたりしました。
伝えたいことを一人で心の中で呟いてみたり、柄にもなく既読になることのないLINEにたまに言葉を送ったりしていました。
つい先日、そのLINEも友人の使っていた番号を新たに誰かが使い始めたようでアカウントが消えました。
居なくなった事を実感している今も次第に遠い過去になるのかもしれません。
一周忌が終わり来年(今年)はもう3周忌になります。
僕が服薬再開に至るまでの時間、2020年から2021年と周りで旅立ってしまった人が多かったです。
これから彼の分も生きて
いずれ彼に僕の見た景色や喜びを伝えたい
そしてまた一緒に飲んで騒ごう