ものすごくなにか次元移行した感じです。
うまく説明できるかなあ。
この物質世界は、量子で出来ている。
それは多くの人が「知っている」ことです、知識として。
今は、視覚で見える世界が、精巧に作られた感覚という乗り物から感じるバーチャルリアリティの、画素数最新の映像な感覚です。
物を触れば、触った感触と、皮膚が物体と貫通しない設定になっているこの世界だ。
「時間は幻想であり "今" という瞬間しかない。」とよく言われる。それは知識だ。
今はそれが実感である。
時計とかカレンダーは錯覚だ。
例えば、明後日の(いつでもいいんだけど) 予定をカレンダーで見ているとき、それは「将来それをやることになっている」と感じている自分を今作っている。
時間が流れてその日が来るのではない。
いま、そういう世界観設定で意識がモニタリングしているのだ。
な~んて感じながら、今日は
地球での地球人生活についても、すごく変わったのでした。
「さーて、なにして遊ぼっかなー」
子供みたいな心境である。
もうしばらく前になるが、お金に対しても、心配しなくても常にどんな状況になろうか゛"ある" ものだという感覚にいつのまにかなっており、(いつから変わったのかは不明)
どんなに簡単でお得なお金になる話でも、つまらない事ならやりたくない。
という、遊ぶか遊ばないかの選択の思考のような感覚になっていました。
これが本当の「経済的自由」と思う。
(ロバート・キヨサキ氏の定義とはちょっと違って

今までの世の中は、仕事と遊びが対極になっていました。
オンとオフとも表現されます。
お金は、払う人と受けとる人という対極がありました。
デビルズ・プレイの世界も、受粉の世界も、お互いに利益を受け取り、お互いに楽しみ、提供者と受給者の区別がありません。
お互いに自由意思で、
~しなければならない。
エネルギーを持ち合わせていません。
そういえば、思い出すと、私はカナダで、もう20年近くになりますが、
(はやっ
エクスチェンジで遊びと仕事の区別がつかない世界で生きていました。
ずっと居ようと思えば、ずっとその世界でいることも出来ます。(あ、外国人はビザという制度の範囲内でね!)
今となっては、あれは過去なのか、未来なのか? 変な感覚です。
~しなければならないことはなにもない。
それよりも楽しむことの方がずっと大事。ブルーベリーの収穫がやりたければ毎日それをしていてもいい。(本当に目にいいのか毎日食べて試してみました。
一日のうち、ほんの数時間やれば十分生活が回る。半日はタウンや森を探検したりピクニックしてました~。
家があって、飲用水があって、食べ物があって、衣服があれば、十分生きていけます。
それくらいは、エクスチェンジて゛十分なんとかなるものです。
日本の企業戦士で定年を迎え、知人はたくさんいるけど、気がついたら友達がいなかったという話はよくある話。
仕事を頑張って知り合いと活動しても、どこか心が潤いを感じられない。
知人と友達の違いは何でしょう?
お互いどちらも立場の違いが無い。
お互いどちらも利害が無い。
お互いどちらも楽しいことをしている。
お互いどちらも自由。~ねば!ねば!が無い。
同じ楽しいエネルギーのエクスチェンジ。
そんな世界を創れるのだ。
そんな世界に向かうのだ。

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