嫌なことがおこるのは、自分を知る為にある。
「なぜ?」があるから、他者を通して自分をみつめます。
悪い人達も勘違いしている人達も
それぞれ、私達に気付かせるという役割があり、
すごく嫌なことがあるから、
人は自分をみつめ、知り、変われたりもする。
「あぁ、これイヤだゎ〜。
これって、傷つくよね。なんなんだこの人は。」
って、学ばせてもらっているし、
世の中の汚さを教えてくれていますよね。
光と影、陰と陽、強者と弱者。
これが、セットなんだぁ〜って、
受け入れることができるからこそ、
この二極の法則を超えていくことができるのかも。
超えたら、何もない。無。
そもそも、二極化は人の執着の概念が生み出していると思うから。
人をコントロールしようとする人も、
コントロールされないように他者を守ろうとするのも
エゴで執着の同じエネルギーかも。。。
人は好きなフィルターをまとい、
それを通して好きに世界をみます。
悪か善か?を決めるのもその方次第で、
それがその人の真実であり自己責任です。
例えば、
私がある人のエネルギーを感じ考え方を知り、
「残念だな。」って落ち込むこともあっても、他者にとっては最高の人。
だったり、するので。
そこから、私が守ろうとするのは、
私のエゴの余計なお世話ですよね(^^)
だから、守るよりも、何かが起こった時に
全力で支えられればいいと
思うようにしました。
大切な人達であってもエゴに囚われずに
見守る事に徹して、干渉しないことが、
愛でもあるし、自分を成長させること。
それでオッケーで、
自分を許そうってなりました。
学びがあるってことは、
私達が全員悟りでも開かない限り、
悪や闇はなくならない となりますねσ(^_^;)
学びきれば、その世界から抜け出せるとは思います

だから、光だけでなく、闇も受け入れる必要がある。
どちらにも振り回されず、
自分を見失わずに在るということが大切で、
光も影もしらないと『調和』を知ることができない。
修行僧が山に籠って修行するのか、
とてもよく分かる。
世の中には、見たくない、聞きたくない、感じたくない、
ドロドロしたモノは溢れているから。
だけど、その嫌なことの中から、
自分をみつめ、
調和を学びマスターしていくのですね

もっと肩の力を抜いて進んでいいよ♪
(イルカ)
