お姉さん言葉
週末のお出掛け写真。風が強かったので、ヒカルのお顔がちょっと”外国人”っぽい?(笑)
いつでもどこでも、マイペース
さてさて本題のヒカルくんの言葉ですが。。。
デイケアに行くようになって、英語がぽろぽろ出てくるようになりました。でも実際には私たちの前で使うことはなく、私たちがヒカルから英語を聞くのは、ヒカルが英語の歌を歌っている時。
でも最近、デイケアに迎えにいったときに、先生に ” I need my hat" "this is my mum" とか、普通に文章を作っていたのを聞けてびっくり。
基本的に、他の言葉(日本語かオランダ語)で言える言葉は、一度頭に入ると、覚えられるようです。
でも順調だった日本語も、ここにきてちょっと壁。
なんといっても基本的に日本語を教えているのは私。なので、どうしても女言葉になってしまいます。
例えばサンタさんがテレビにでてくると。。。
”ヒカルは、ここよ~~。 いい子よ~~” といいます。(笑) ちょっとお姉さん言葉っぽくて笑えます。
”ここだよ。いい子だよ”って ”だ”をつけてほしいんだけど、いくら言ってもこうなってしまいます。![]()
まあ、とりあえず日本語の基本を学んでくれれば、修正はどうとでもなるのかもしれません。
でも3ヶ国語が、きれいに入り始めたので、どの言葉も中途半端になって、自分を表現できなくなるようなことがないように、バランスをとってあげたいなと思います。
まあどっちにしても、2歳で3ヶ国語を理解できるってちょっとうらやましかったりして。(笑)
パパとヒカル
似てないようで、とっても似ている二人。
二人の後姿を見ているのが、すごくすごく好きです。
15年後くらいには、パパと肩を並べるようになるのかな?想像するとすごく不思議。
パパは、男の人にありがち(?)で、”子供がいてもいなくてもかまわない”というタイプの人でした。
ところがヒカルが生まれてからは、私がびっくりするほどの子煩悩ぶり。
これは恐らく私が帝王切開でヒカルを産んだことと、大きな関係があると私はにらんでいます。
(笑)
というのは、オランダの病院で、ヒカルが私のお腹から出てきたあと、パパはお腹がまだ開いたままの私を残し、ヒカルとお医者様と一緒に別室へ行き、へその緒を切って、それからそのままずっとヒカルとつきっきりだったのです。
私は術後の回復室にいたり、麻酔でまだ朦朧としているときに、
ヒカルは、一ヶ月早く生まれたにもかかわらず、保育器に入る必要もなく、体温調節だけができなかったので、特殊なランプのついた部屋にいたわけです。
でも特に緊急を要する赤ちゃんでもなかったので、看護婦さんもずっとヒカルにつきっきりというわけではなく、ちょこっと見に来たり、ミルクを飲ませたりしたあとは、ず~~~~~~~~~~~っと新米パパのアスランと二人きりでした。
その時アスランが撮ったビデオは、ちょっと泣けます。
ヒカルのちっちゃな指をさわったり、”お~い”って声をかけてるだけのビデオなのですが。。
まあ、そんなこんなで、生まれたての3キロにも満たないヒカルを、自分ひとりで面倒みた時間のおかげで、アスランはちゃんと精神的にもパパになれたのだと思います。
それからも、私は帝王切開の傷が痛くて、ヒカルを抱き上げる(抱っこはできるけど、寝ているヒカルを抱き上げることができなかった)ことができなかったので、ヒカルのお世話はほとんどアスラン。
しかも家事までこなしていたので、(オランダはその辺の休暇システムが整っていた)ヒカルとどんどん深くつながっていったんだと思います。
なんだか話が長くなってしまったけど、とにかく、’特に子供好き!”というわけではなかったアスランが、ヒカルが生まれた瞬間に、ものすごく子煩悩にな人になってくれたのは、本当に素敵なサプライズでした。
まあ、どちらにしても優しい人だったので、当たり前といえば当たり前なのかもしれないけど。。
ヒカルはとても愛されて育っていると二人を見ていると思います。
あ、でも。。。。
パパはヒカルが大好きなゆえに、問題点も。。。
それは、ヒカルにものすごく甘いこと。
朝、ヒカルとパパがベットから起きて、二人の会話を夢の中で聞いていると、たまにずっこけます。
パパ ”ヒカル、トイレ行くよ”
ヒカル ”今いかない。あとでいく。”
パパ ”じゃあ、あとでいくんだよ。” (←ずっこけ。。。行かそうよ。。トイレ)
パパ ”コレ食べる?”
ヒカル ”いらない。クッキ~食べる”
パパ ”こっち?いいよ。どうぞ” (←ずっこけ。。。いいの?ご飯の時間でしょ?)
”子供大好き!”の私ですが、意外と自分は厳しいタイプだと気がついてきた今日この頃なのでした。
というわけでパパの教育とヒカルのしつけに、大忙しの私です。(笑)



