今日はカリフォルニア州の裁判所に行き、見学と傍聴をした。日本で1度、裁判の傍聴経験があるが、裁判所内は日本より人の数が多くまた明るいような印象を受けた。以下、カリフォルニア州の裁判を通じて感じた良い点を2つ、悪い点を1つ挙げる。

~良い点~
 第一に、陪審員制度がすべての公判で導入されており、またその陪審員のためのラウンジスペースなど多くのものが整えられているということである。日本ではまだ裁判員制度が多くは導入されていないため、裁判員のためのアフターケアやその他ラウンジスペースなどはどのようになっているのかわからないが、カリフォルニア州では一般市民が裁判に参加し、裁判が終わると何事もなかったかのように出口で談笑している様子を見ると、裁判というもの自体が身近なものとして感じられるような印象を受けた。日本で裁判員裁判というと、裁判員の負担がとても重く苦しいような印象を受けていたが、カリフォルニアの裁判の雰囲気を見て、一般市民が裁判に参加することは国民が司法に触れる機会として、また陪審員になった市民は人を裁くという経験を積むことによって、また新しい何かを学ぶことができるのではないかと感じ、この制度は日本でももっと大きく採用されるべきではないかと思うようになった。
 第二に、裁判所が日本より大きく開かれているスペースになっていると感じた。裁判所にフードコートがあったりラウンジがあったり、特に、人の多さは日本と違いが大きいと感じた。また、裁判中に居眠りをしてしまった陪審員がいたのだが、その時、そこに居合わせた警備員がそっと水をついで持って行ってあげ、起こしてあげていた。そのような光景を見ると、裁判が堅苦しすぎるようなイメージが払拭される。市民が多く参加しているからだろうか、日本の裁判所よりとても良い雰囲気だと感じた。

~悪い点~
 裁判官が話してくれたが、果たして陪審員制度で本当に正しいジャッジができるかということは断定しがたいと感じた。特にアメリカにおいては、日本より教育が行き届いていない部分もあるため困難があると話していたが、私もそのように思う。今日見た陪審員の様子は、とても和やかな雰囲気で年齢、人種、性別も幅広くいた。しかし先ほど例に挙げたように、裁判中に居眠りしてしまう人や、よく見ているとあまり話に耳を傾けていないような人見当たられ、そのような人たちのジャッジで裁判が決められてしまうのは怖いように感じた。リラックスしたムードだからこそ、そのような欠点も出てきてしまっているのだと思った。
 Today, we learned about “Japan’s changing Democracy” from Prof. Ellis Krauss. He sometimes used difficult vocabularies, so hearing those words and understanding the whole was a little bit difficult for me. However, I could understand most of the lecture because my major is politics and the lecture was really interesting than I expected. The subject of today’s lecture was wide so I could learn many things.
 Professor emphasized that Japanese government now has a lot of problems, for example, one of big problems is debt. As debts are increasing, the government has to cut down costs more and more. However, even that situation, government still focus on welfare systems and as a result, they has increased expenditure ever than before. I felt that there are many contradictions in Japan but people don’t notice it because there are too many things like them, so they are misunderstanding them as a proper thing. Unlike that situation, there were a big earthquake in Japan and the problems are going to be worse. I realized again that Today’s Japan is in a critical phase and we do have to get through it soon.
 I’m interested in international relations between Japan and Asia. Especially, I focus on “East Asian Community”. It is just an idea at the present stage, but if it became real, Asia would be more united group and would get prior positions in the world. I asked professor about this idea. He said “I also think that is a good idea, but it’s impossible to become a strong union like EU.” I agree with that point.
 The lecture was really interesting and there were many points I agree with. On the other hand, I realized that I don’t have much information about politics and it is very difficult to explain politics in English. I have to read some books or watch news and get more vocabularies. What I need is to do that as much as I can.

 この1週間でまず1番に学んだことは、時間の組み立て方と行動についてだと感じる。ここではLeader’s choice の時間がたくさんあり、何をしても自由な時間が与えられている。しかし、どこへ行って何をするにも自己責任は伴っている。今日はメンバーと一緒に動物園へ行き、帰りは自由解散であったが、自分が想像していた以上に帰りのトロリーやバスの乗り継ぎは大変であった。幸運なことに、一緒にグループでいたメンバーが地図で道を調べてくれ、そして記憶を頼りに歩いて寮まで無事に帰ってくることができた。しかし、自分は人に大きく頼ってしまったところがあるように思う。知らない土地では、行く前に準備をし、自分1人でもしっかりと行動できるようにしておくことは、Leaderということを意識する上で必要不可欠であると思い返した。次からはきちんと自分自身で行動できるように意識を高めたいと痛感した。
 また学んだ事はもう一つあり、それは自分には英語力がやはり乏しいということである。もちろん、通常の会話では単語やジェスチャーで最低限言いたい事は伝わるかもしれないが、例えば授業中に質問したいことがあるときなど、聞きたい事を正確に伝えるためには文章の組み立て方やボキャブラリーの乏しさは無視できない。もどかしい思いを繰り返さないためにも、もっと英語を練習したいと痛感した。これから1週間のうちにできることとしては、できるだけネイティブの英会話に耳を傾けること、ほかのFGLのメンバーが話す英語から会話を学ぶこと、などが挙げられると思う。日本に帰ってからは、やはり毎日英語に触れることが上達への1番の近道ではないかとこの地に来てから感じた。できるだけ英語に触れ、そして失敗を恐れずにチャレンジしていくこと、それが可能になれば、自分の英語力の可能性は無限大に広がるではないかと、この1週間で感じた。