7月は父と施設の方々とかなりもめていました。
私は父からの話を一方的に聞かされていました。
何か本当に問題があるのなら、施設の方やケアマネさんから連絡があるものだろうと思っていたのです。
ある時に夜間のヘルパーさんとトラブルを起こしました。
どっちが悪いのか、その場にいないのでわかりません。
父もあの時はもう別人のようだったし…
その事をすぐにケアマネさんに相談しました。
施設から紹介してもらったケアマネさんだったのですが「施設の方から色々聞いているんですよ」とその時になって施設の方々からクレームが出ている事を私に伝えてきました。
ケアマネさんは父の意見は全く聞いてくれていませんでした。むしろ「お父さん、ちょっとおかしくなってきてると思います」と言われ…
びっくりしました。そんな事言うの?とも思ったし、クレーム内容はここでは書かないぐらい酷い内容でした。私や叔母は父に対してそんなこと一度も思ったことないような事ばかりでした。
施設からはもう父の面倒はみれませんと言われてしまいました。8月の締め日までに退所してほしいと。
そのころ私はちょうどコロナ罹患で発熱中でした。
叔母に電話し、どうしても父の病院予約日に病院に連れて行ってほしいこと、入院をどうしてもさせたいこと、父の状況を伝えると叔母は『絶対に入院させないといけない!』と言ってくれました。
敵陣地(暴言でごめんなさい)に1人残されている父、施設の方も父と接する事ができないので最低限の関わりしか出来なかったのでしょう。
叔母が病院に迎えに行った時はもう身体を起こすこともベッドから立つことも出来ませんでした。
おしっこは漏れてベットまで濡れていたそうです。褥瘡もひどくベテラン介護士の叔母ですが見た瞬間は酷さに涙が出たよ、と教えてくれました。
お父さん、私あの時何も出来なくて本当にもどかしかった。辛かったよね、誰も信じられなかったもんね。
私は電話の向こう側では見方だけどお父さんはきっと側で味方して欲しかったよね。ごめん。
無事に(?)入院できることになったと叔母から聞いた時は大声で泣いてしまいました。脳転移が大きくなっているのはもちろん悲しかったけど、安心して泣いたのもありました。
もうあの場所には戻れなかったし戻したくもなかったから…
叔母から話を聞いた時は本当にショックでしたが、もともと医療にそれほど特化した高齢者住宅ではなかったのでしょう。脳浮腫が出て身体に不自由が出ている父は認知症の方とは違いかなり扱いが難しかったと思います。
いろいろ思うこともありましたが、本当に忙しくコロナで体調も悪かったこともあり、入院が決まった日は久しぶりに安心して眠れました。(ちなみにコロナで3日ほど40度近くてなかなかハードでした…休めなかったのも大きかったですが、入院が決まってから日数的なものもあると思いますがすぐに良くなりました!)
入院後もしばらくは色々ありました。以前書いたようなこと。毎日のように続きました。
そして緩和ケアの申し込みに同意して、面談があり緩和ケア病棟待機となります。