bauh
春なので、いっしょにお茶したい男性を考えました。

といっても、お茶飲みながら、聞く音楽や、読む本の作者です。

とりあえずは、J・S・バッハ君。

太った生活力のありそうなおっさんの顔しか覚えていなくて、
あとは、バッハの曲はめちゃめちゃ難しく、バッハ弾くといったら
「すげ~。」と思われるとか、そんなエピソードしか知らない私です。

曲も、クラシックは「作品No.○○」とか言われても、すぐ
忘れてしまう鳥頭なので、全然名前と曲が一致しません。
名前と曲は一致するのは、ごくわずか。

とりあえず、有名所を聞いてみました。
すると、ほとんど曲は知っていた・・・(^^;
題名だけ、知らなかった。

いい曲だなあ。
しかめつらして、聞くような曲じゃないなあと思ったりして。

「ちゃらら~ん、鼻から牛乳~。」(古くてごめん)
はトッカータとフーガ ニ短調 BWV565でした。

ハープシコード協奏曲第五番第二楽章も、高校生のころ見た映画「血と薔薇」の
印象的な場面のBGMで忘れられませんでした。


で、バッハ君がどんな人だったかは。。
彼の曲を聴きながら、ちょっとづつ読んでいくことにします。

代々音楽家の家系で、頭が良かったけれど、両親を早くなくして、
上の学校に行けず、学歴がなく、就職に苦労したらしいです。。
なんだか、今の時代の頭が良い苦学生みたいですよね。

昔は、音楽家は芸術家じゃなくて、一種の職人と見なされていたので、学歴が
なくてもよかったらしいのですが、ちょうどバッハの時代から、
知識も必要じゃないかと言われ始めたらしいのです。

なので、あんなに才能があったのに、レベルの高い一流所の大学教会の音楽長には、
学歴がないためになれず、音楽的才能はそこそこでも、学歴のある他の人に
ポストをとれれちゃったみたいです。

バッハ君は、いうなれば音楽職人で、
お金に細かい倹約家で、自分を正当に評価してくれるなら転職もいとわなかったらしい。
けれど、自分の信念を曲げてまではお金にこだわらなかったらしい。
ここらへんが偉い。

また、自分の上司が大卒のエリートでなおかつ頭がよくて、
実技重視のバッハとはそりがあわず、なかなか大変だったらしい。
当局とよく衝突したらしい。

子供は20人いたというから驚き。

最初の奥さんと死別して、二度目の奥さんをもらっている。
最初の奥さんの子供3人が、二度目の奥さんの子供3人が音楽家になった。
自分が大卒じゃなかったので、子供が大学に入った時はすごく喜んだという。
どの時代でも、親の気持ちは同じだなあ。

けっこう裕福だったらしいけれど、
亡くなった後残された奥さんと三人の娘たちは、市からの援助を受けるなど
貧しい生活だったようだ。

息子たちがいたけれど、援助はしてくれなかったのね。

バッハ君自身は質素倹約をしていた人なのに、息子たちは、浪費家だったらしいです。
親を見習う生活はできなかったのね。
大学まで行かしてもらったのに。
偉大な父を持つと心が弱くなるのでしょうか。

コーヒーとパイプ煙草が好きだったらしい。
コーヒーカンタータを残しているし、家では、「パイプの歌」というのが歌われていたらしい。


バッハ君は楽聖といわれているけど、
意外と今の日本にもいる腕一本で食べていっている質実剛健で倹約家の頑固親父っぽいですね。

珈琲が好きだったというので、
きっとお茶する時には、おいしい珈琲を飲ませる店に
つれていってくれるでしょう。

定期的に珈琲店で学生たちに演奏させていたというので、
楽器があれば、なにか弾いてくれるかも。

そんな意味でも、バッハ君はお茶したい男性としては、
なかなかいいかも。
あ、お金に細かい倹約家だったので、きっと割り勘かもね(^^;